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14話 魔王問答

 男はまるで、荒れ狂う暴風を吹き出しているのかと思う程の威圧感をその身に纏っていた。


「わんこボスラッシュってか……」


 食いしばったテミスの口から、思わず舌打ちが漏れる。この状況で割って入るのだ、今戦った3人の軍団長と同等、もしくはそれ以上の実力者なのだろう。このままでは、魔王と会話をする前に力尽きてしまう。


「ギ、ギルティア様!」


 アンドレアルの影から飛び出したリョースが、乱入した男を背に庇うように飛び出して叫ぶ。


「お下がりください! こいつ、人間の癖になかなか――」


 リョースの言葉が途中で途切れ、体が震え始める。乱入してきた男から、寒気を覚える程の威圧感が放たれていた。


「私は、そこまでだと言ったのだ。リョース」


 低く発せられた声が、広い部屋に居るにもかかわらず、異様にはっきりと聞き取れる。


「も、申し訳ございません!」


 途端にリョースが太刀を棄てると振り返り、男の足元に膝まづく。ふと見ると、アンドレアルもいつの間にか、少し離れた位置で膝まづいている。


「良い。お前達の忠義は解っている。面を上げよ。さて……」


 そう言ってリョース達を控えさせると、男がこちらに視線を向けた。


「人間にしては大した豪傑だ。まさか、正面から我が城に攻め入るばかりか、軍団長三名を相手に善戦するとはな」

「ぐっ……うっ……」


 愉しげに、友好的な口調で話しながら近寄ってくるが、身体が凍り付いたように動かない。

 テミスは先ほどまで、リョースに向けられていたであろう、圧倒的な威圧感が自分に向けられていると直感した。


「何。敵であろうと、勇には勇で返さねば我が悲願も泡沫の幻想となる。故に、喜べ。私が……お前たち人間が魔王と呼ぶ、このギルティア・ブラド・レクトールが直接相手をしてやろう」


 名乗りを上げるとともに、魔王の紅い目が輝きを増したように見えた。

 このままではまずい。このまま話が進めば、勝敗どころか魔王城に来た意味すら消失してしまう。


「ま、待て……、私は、お前に問いに来ただけだ……戦うつもりは無い」


 視界が歪むほどの、尋常ではない力を前に声を絞り出す。能力の全容も解らない試験運用中の力では、逃げる事もままならないだろう。


「ほぅ……。面白い、興が乗った。では、勇者殿は何を問いたいというのだ?」


 魔王は数歩離れた場所で立ち止まると、虚空から椅子を取り出してそこに腰掛けた。


「何故、戦う? ……魔王、貴方の目指す正義とは何だ」


 テミスは問いかけながら壁に縋り、震える足で立ち上がる。やっとここまでたどり着いたのだ。魔王にとっては戯れであったとしても、何が何でもこのチャンスを逃すわけにはいかない。


「フハハハハハハッ! よりによって私に、人間たるお前が正義を問うか」


 魔王は大きな笑い声と共に、椅子の上で腹を抱えて身をよじった。よほどツボにはまったのか、その切れ長の目の端に涙が浮かんでいる。


「ここに来るまで、私は魔王領の町や村を見た。貴方は良政を敷いておられるように見える。そんな男が、私利私欲の為に長く戦争を続けるとは私には思えない。貴方の真意は何処に在る」


 テミスがそう続けると突如、笑い転げていた魔王がピタリと笑うのを止め、椅子から立ち上がった。

 まずい、地雷を踏んだか?


「失礼した、人間の勇者よ。その眼差し、戯言で問うている訳では無さそうだ」


 ギルティアは腰掛けていた椅子を虚空へと消し去ると、テミスに軽く頭を下げて謝罪して続ける。


「我が望みは人魔の共存。戦争を続ける理由は、他種族を廃し、隷属し、凌辱しようと望む、一部の愚かな人間を排すためだ」


 魔王は胸を張って宣言した。礼を通し、人と魔の共存を願うと。


「できれば、お前のような人間こそ生き延び、戦の終わった後の世界で人を統べて欲しいものだ」


 目を細めて呟いた魔王の台詞に、何故かアトリアの寂し気な笑顔が重なった。


「これが、私の答えだ。問いに来たというのであれば、これで帰ってはくれまいか?」

「なっ⁉」


 そう魔王が告げると、傍らに控えるリョースが驚きの声を上げる。生かして返してくれると言うのはありがたいが、まだだ……魔王は肝心な事を答えていない。


「なるほど。良政を敷き、来る者は迎え、牙を立てる者は排除する。確かに言葉の上では正しく、貴方は平和を願っているのでしょう」

「む? 先の我が答えでは不満だと?」

「っ……」


 魔王の問いに頷くと、目を見開いたリョースがの手が傍らの剣に伸びる。


「貴様ッ……」

「まぁ待て。聞こうではないか? 今、お前は言葉の上ではと言った。ならば現実とは如何なものか?」


 再びリョースを諫めたギルティアの目が紅く輝き、興味深げにテミスを眺めていた。


「確かに、人間の中にはどうしようもないクズも居る」


 口を開きながら、イゼルの町で出会ったカズトの顔を思い浮かべる。


「だが、それは人間が魔族と称する者達にも言えるのではないか?」

「フム、根拠は?」

「この状況だ。私は門で対話を求め、そちらの軍団長殿にも対話を求めた。それを無視して刃を向けたのは貴方達だ」


 魔王から視線を逸らしリョースを見遣る。現に問答無用で襲い掛かって来たのは彼らなのだ。


「それに貴方は一部の人間と言ったが、前線の人間達は皆等しく、その様な志無き下郎だとでも?」


 再びテミスは魔王の視線を真っ向から睨み返しながら、フリーディアの顔を思い浮かべる。この問いにイエスと答えるのであれば、この魔王は唯の独善的な侵略者だ。


「否。人間達もまた、志を以て我らと戦っている事など承知しているとも。真の悪がその奥に潜んでいる事もな」

「ならば――」

「対話など不可能だ」


 ギルティアはつまらなさそうにテミスから視線を外すとぴしゃりと言い放つ。


「我らは永く戦い過ぎた。双方に屍は積み重なり、残されたものは友を、恋人を、家族を失った者の恨みや憎しみだ。故に我は一刻も早く戦を終わらせ、これ以上悲しみがまろび出るのを止める」

「……屍の上に、楽園を建てるのか」

「理想だけで世界は変えられぬ。犠牲という名の現実を、罪を飲み干せなくては楽園は作れぬのだ」


 ギルティアの宣言を聞いたテミスの手が静かに握られる。

 確かに彼の言う事は正しくて、私の掲げる理想は夢物語なのだろう。


「それでも……」


 振り切ったはずの迷いが再び胸の中に渦を巻く。だからと言って正しい楽園を作るために、同じ世界を願い、追い求めるフリーディアを斬る事は――。


「し、失礼します!」


 壁に手をついたまま、魔王の言葉に逡巡するテミスの耳に、新たな乱入者の声が響いた。


「どうした?」

「ぎ、ギルティア様!? ファ、ファントの町より報告です! 人間達が進軍を始めたのを確認、早ければ明日朝には戦闘になる事が予測されるため、至急援軍を請う……との事です!」

「っ!」


 伝令が言い終えると同時に、テミスの体が弾けるように動いた。その手は報告に来た兵の肩を掴むと、しゃがれた声で問い詰める。

 ――嘘だ。聞き間違いに違いない。


「今……今何と言った?」

「な、なんだ――」

「どこの町が、援軍を要請してるんだ!」


 テミスは伝令に詰め寄り、胸ぐらをつかんで声を荒げる。今更答えを渋る兵に苛立ちすら覚えてくる。


「落ち着け。ファントの町だ」


 声と共に、横合いからギルティアの手が出てきて、テミスの手首を掴むと、報告の兵が開放される。


「頼む! 今すぐに私を魔王軍に! いや、今すぐ私をファントの町に――」


 テミスの頭を、一気に焦りが支配した。しかし、辛うじて残った迷いが言葉を訂正させる。今の状態で魔王軍に参加すれば、私は必ず後悔するだろう。しかし、例えどんな形で平和な世界を作ったとしても、そこにあの温かい町が無いなんて到底承服できない。あの町こそ、あの町の在り方こそが皆が求める楽園の形そのものなのだ。


「フム……」

「ギルティア様。恐れながら……」


 思案するように嘆息する魔王に、リョースが進言する声が聞こえる。最悪、この連中を振り切ってでもアリーシャ達の元へ行かねばならない。


「許可する」


 ギルティアの言葉と共に、リョースが視界の端に入って来ると、テミスは内心で歯噛みする。こいつの事だ、今すぐ私を処刑するべきだとでも進言したのだろう、ならば――。


「テミス……と言ったな。ファントの町に、何があるのだ」


 足に力を込め、魔王が動いた瞬間に全力で立ち去ろうとしていた私に、リョースの声で予想外の台詞が投げかけられた。


「ファントの町は我ら魔王軍の領地。だが、その名を聞いた途端に、お前の注意が断たれた。我々と戦っている最中も、ギルティア様と話している最中でさえ、私達にも向けられていた注意がな」


 テミスが混乱した頭で顔を上げると、どこか気遣わし気なリョースと視線が交わる。


「恩人が居る。私の命よりも大切な恩人が……家族が居る」


 リョースの視線にほだされた様に、テミスが口を開く。どんな小さな確率でもいい。みんなを救いに行けるのなら……。


「先ほど、ギルティア殿は私の事を戦後に必要な人間と言いました。ですが、私などよりも彼女たちのような……あの町の者達の方が、戦後の世界には必要です」


 テミスはリョースからギルティアに視線を移し説得を試みる。話し終えて、一瞬訪れた静寂がとても長く感じられた。


「良いだろう」


 魔王の声と共に、重そうな音を立てて革袋が放ってよこされた。


「その金で装備を整え、急ぎ早馬でファントへ向かえ。そして、先遣隊としてファントの町を守って見せろ。マグヌス」

「はっ!」


 ギルティアが声をかけると、先ほどテミスが胸ぐらをつかんだ伝令兵が姿勢を正した。


「サキュドと共に、テミスの部下として随伴せよ。そして、敵だと断じた場合は即時処断せよ」

「畏まりました」


 静かな声で答えると、足音が去っていく。恐らくだが、サキュドとやらを呼びに行ったのだろう。


「さて、テミス」


 革袋を拾って立ち上がるテミスに、再びギルティアから声がかかる。


「お前の件は保留だ。人間であるお前を信用できない者など、ここにはごまんと居る。それに当のお前自身が、自らの掲げる正義が見えていなくては話にならん。なればその正義は、行動で……戦果で示せ。本隊は第三軍団。リョース、後の説明は任せる。アンドレアルはドロシーを叩き起こしてここを修復しろ」

「はっ」


 それだけ命じて奥へ消えていくギルティアを、テミスは一同と共に呆然と見送るのだった。

2020/11/23 誤字修正しました

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