1545話 魂賭けの儀
「っ……!!! テミスッ……!!!」
リョースやサキュドたちが激戦を繰り広げる最中。
大小さまざまな魔法陣を展開したギルティアは、固く食いしばった歯の隙間から絞り出すようにテミスの名を呼んだ。
額からは滝のように流れ落ちる球の汗が、ぽたぽたと足元に広がる血の海へと落ちている。
元より、蘇生魔術が分の悪い賭けであることは理解していた。だが、強靭な精神力を持つテミスであれば、成功は約束されたようなものであったはずだった。
「クッ……!! 何故……何故だ……!! 何故目を覚まさぬッ……!! テミスッ……!」
「ギルティア様」
「黙れ。続けろ」
「ですがッ……!!」
「……『俺』の命令が聞こえなかったか?」
「ッ……!!! は、はいッ……!!」
歯噛みをするギルティアに、眉を顰めたドロシーがおずおずと口を開くが、その言葉は皆まで告げる事すら許されず、殺気すら籠った視線を以て封殺される。
……失敗だ。
ギルティアの命令に従い、自らの魔力をギルティアへと受け渡しながら、ドロシーは胸の中でひとりごちる。
もう既に、肉体の傷自体は治っている。
この場で鎧を剥いて確かめたとて、傷痕一つ見付ける事はできないだろう。
だが。だというのに、未だテミスの意識が戻らないのだ。
肉体には何一つ問題は無い筈。今回に至っては、致命傷を負って命の灯火が消えかけてこそいたが、完全に屍と化していた訳では無い。
「クソッ……!!!」
「…………」
けれど、ギルティアは決して諦める事は無く、更に自らの魔力を魔法陣へと注ぎ込んだ。
それに応えるかのように、淡い緑色の輝きを放つ魔法陣は光を増し、地面に横たえたテミスの身体が、魔法陣から放たれる薄い光を纏った。
「ギルティア様……」
焦燥と疲労、そして苛立ちの混じった主の表情に、ドロシーは思わず囁くような声でその名を零した。
恐らく、この術式も失敗する。かつて蘇生を試みてきた同胞と同じように。
否。蘇生魔法を受けて尚、こうして綺麗な姿のまま逝く事ができるのだから、テミスはまだ幸せな方だろう。
骸が原形を留めていなかったバルドや、生前に死へと触れ過ぎたせいで魂が変質し、理性すら残らぬ、死者の呪いをまき散らすだけの生ける屍と化したシモンズ。
そして生き返ったは良いものの、私やリョース……果てにはギルティア様の事すら認識できず、暴れ狂うだけの化け物へと成り果ててしまったタラウード。
彼等に比べれば、一見すれば眠っているだけにも見えるテミスはまだ、綺麗な死に方だと言える。
だがそれでも。
どんな形であれ一度喚び戻してしまった以上は、決着を付けなくてはならない。
今回もきっと、あがいてあがいてあがいて。もう駄目だと悟るまで足掻き切った後で。目と目の間に、途方もない後悔と悲しみが刻まれたかのような深い皺を寄せて、その手で止めを刺す事になるのだろう。
「……。まさか、アンタがこんなにアッサリ死ぬなんてね」
もはや失敗を確信しているドロシーは、未だ諦めていないギルティアの耳に留まらぬよう、囁くような声で目を瞑って横たわるテミスへと語り掛けた。
突然現れたコイツは、人間の癖に信じられない程に強かった。
一度戦って敗れ、辛酸を舐める羽目になったからの評価ではない。
ギルティア様の腹心であるリョースと対等に渡り合い、あの憎たらしいタラウードやシモンズに至ってはまとめて始末して見せた。
そんなテミスだからこそ。
この友好闘技大会を経れば、長い付き合いになるかもしれない。
柄にもなく、そんな事すら思い始めていたというのに。
「でも……安心しな……。アンタが殺られた相手は、アタシ達がキッチリ殺しておいてやる」
ドロシーは呟きと共に視線を上げると、自分達を包み込むように展開された魔法陣の向こうで戦うリョース達の方へと向けた。
そこでは奇しくも、魔王軍・ギルファー・ロンヴァルディア・ファントの四勢力が肩を並べて戦っていて。
それは紛れもなく、ギルティアがこの先長い時間をかけて互いの間に穿たれた溝を埋め、その先に目指していた光景だった。
「ホンット……最後まで憎らしいヤツ……」
結局。死ぬにしたって全部良い所を持って行った。
この大会を切っ掛けに纏まる筈であった四つの勢力は、テミスが己が死を以て諸々の問題をすっ飛ばして団結させてしまった。
本当なら、ゆっくりと新たな平和へと歩んでいく過程の中で。
いつの日か、私のような魔女であっても気軽にファントへと出向けるくらいになったら、テミスが苦手としているらしい魔法の扱いなんかを教えるという名目で、たっぷりと可愛がってやろうと思っていたのに。
「……勝ち逃げなんて――」
口惜しさと僅かな悲しさが入り混じった感情に背中を押され、ドロシーが自らの胸の内を零しかけた時だった。
「――ドロシー。精神感応魔法を使う。『俺』がコイツの中へと行っている間、術式の維持は任せたぞ」
「へっ……!? ちょッ……!! 待っ……!!! 嘘でしょッ……!!?」
ギルティアは余裕の無い口調で一方的に告げると、ドロシーの答えを待たず、赤く輝く新たな魔法陣を自らの前へと現出させた。
それは、ヒトが有する心という名の不可侵な領域へと踏み込むための術式で。
生者に対して使うのならば兎も角、死にかけている者に対して使えば、最悪の場合諸共連れていかれる可能性も孕んでいた。
しかし、咄嗟にドロシーが制止の声を上げた頃には既に、ギルティアの魔術は発動された後で。
ドロシーは悲鳴のようなか細い叫びをあげると、仁王立ちの姿勢のまま動かぬ彫像と化したギルティアに縋りながら、必死の形相でギルティアの残した魔法陣に魔力を注ぎ込み始めたのだった。




