1544話 忠義と狂気
サージルの召喚した異形の化け物と、レオンやフリーディア達が戦いを始めた頃。
リョースとサージルは異様な戦いを繰り広げていた。
紫電を纏った太刀を振るい、卓越した剣技を以て圧倒するリョースに対して、サージルは自らの剣を以て身を守る素振りを一切見せず、ただひたすら攻撃の為だけに斬撃を放つ。
そんなサージルの剣を、リョースは時には躱し、時には自らがサージルへと一太刀浴びせることの出来る絶好の隙を逃してまで防いでいる。
本来の剣戟であればこのような戦いなど成り立つはずも無く、とうの昔に決着が付いているはずだった。
だが、何故か傷を負っているのは、果敢に攻め立てているリョースのみで。
そのあり得ない光景が、更にこの戦いの異様さを加速させていた。
「なァ……!! いい加減ッ! 解らないかなァッ!? 無駄だってのッ! いくらお前が強くても俺には勝てねェんだからサァッ!!!」
「フッ……それはどうかな? 大口を叩く割には、随分と息があがってきているようだが?」
「うるせーよ。こちとら人間なんでね。動きゃ息くらい荒くなるっての。はぁ……いい加減もう止めようぜ。な? こんな無駄な事はよ。お前もキツイだろ?」
「ッ……! 笑止ッ!!」
苛立ちを露わにしたサージルは怒号と共に剣を振るうが、リョースはそれを易々と躱すと、静かな笑みを浮かべて返す太刀でサージルの背を浅く切り裂く。
だが直後。
ぶしりと血が噴き出したのは傷を負ったはずのサージルではなく、斬り付けたはずのリョースの方で。
それでも尚、リョースは自らの負った傷など意に介していないかの如く太刀を構え直し、再びサージルへと肉薄する。
「だから無駄だっての。ホレ」
「っ……!! グゥッ……!!!」
「リョース殿ッ!!!」
凄まじい気迫と共に猛進したリョースに対し、サージルは何を思ったのか突如動きを止めると、迫るリョースの白刃に対して、まるで己が身を差し出すかのように軽く両の手を広げてみせた。
瞬間。
リョースは咄嗟に手首を捻ると、刃の前に身を躍らせたサージルを深々と袈裟の形で切り裂くはずだった斬撃を無理矢理『く』の字に捻じ曲げ、肩口を裂くに留めた。
けれど、その傷は即座に斬撃を放ったリョースの身へと現れ、リョースは肩から血を流して呻き声を漏らしながら、僅かに体勢を傾がせる。
「あぁ……? 何だよ。斬りかかってくるから斬らせてやろうとしたってのに。あのままその剣振り抜いてりゃ、あの女とお揃いの胴切りで死ねたのによ」
「下らん戯れ言だ」
「ふぅん……ま、いいや。何を企んでいるか知らねーけど早くしてくれる? 俺、今、やぁっと女神様のお役目を果たせて機嫌が良いからこうして付き合ってやってるけど、そろそろ飽きてきたぜ?」
「…………」
悠々とした態度で言葉を放つサージルに対し、リョースはそれを斬り捨てるかの如く短い言葉で返すと、静かな瞳でサージルを見据えながら太刀を構え直した。
だが、リョースは同時に胸の中でこのままでは勝ち切れない事を悟りながら、忌々し気に歯噛みをする。
コハクとリョースが見出した勝機は、自らが傷を負っても尚斬り続け、その痛みを以てサージルの心を折るという酷く単純なもので。
何らかの手段を以て自らの負った傷を相手に返しているのだとしても、斬ったという事実に変わりはない。
だからこそ、例え剣での戦いに勝機が無くとも、心での戦いならば圧する事ができる。
そう断じたが故のこの作戦だったのだが……。
「んん……? もう満足したか? それとも休憩か? んじゃ、とりあえず暇だし追加でもしとくか」
「っ……!!!!」
太刀を構えたリョースが出方を窺うように攻め手を止めると、サージルは小さく欠伸を零しながら傍らの地面へ向けて掌を翳し、再び異形の化け物たちを召喚した。
そこには、まるでテミスを模ったかのような、大剣を携えた女性型の首無し騎士の姿まで数体混じっていて。
「下衆めッ……!!」
それを見たリョースは表情を歪めて吐き捨てると、自らを無視して脱兎の如く駆け出して行く化け物たちとすれ違うようにして、再びサージルへと肉薄した。
リョースが退けば、共に戦う者達の負担が増える。しかし、太刀を振るえば振るうほど、リョースの身体は自らの斬撃によって傷付き、血を流す羽目になる。
一見、リョース達の勝ち目など一片たりとも存在しないように思える戦い。
だが、リョースの瞳から闘志の光が消え失せる事は無く、紫電を纏った刃を振るい続ける。
「あーあ……しつこいなぁ……本ッ当に……。これだから馬鹿を相手にするのは嫌なんだよ……」
そんなリョースに、サージルは呆れたようなため息を盛大に吐くと、まるでうんざりしたとでも言わんばかりに首を振ってから、酷く気怠そうに剣を振り上げたのだった。




