1543話 遺された者達の矜持
サージルが召喚した異形の化け物。
その迅さに応ずる事ができたのは、サキュドとレオンだけだった。
真っ向から突進してくる巨獣型の化け物を、レオンは一刀の下に斬り飛ばし、サキュドは紅月斬を以て一撃で撃破する。
しかし同時に、甲冑型の化け物がサキュドとレオンを避けて通り抜け、シズクとヤヤの元へ殺到した。
「ヤヤ様ッ……!!」
「っ……!? シズク!? 馬鹿ッ……!!」
自らの腕では捌き切れない。
咄嗟にヤヤと背中合わせに構えはしたものの、シズクは刹那の間にそう判断すると、迫り来る化け物たちに応撃するのを諦めて防御の構えを取った。
けれど、四方八方から迫り来る甲冑型の化け物が繰り出す無数の斬撃を、立ったひと振りの刀で受け切れる筈も無い。
当然、シズクとてそれを理解してはいたが、王妹であるヤヤを守るため、己が身を盾と差し出したのだ。
「テミスさん……」
自らを切り裂かんと迫る無数の刃を前に、シズクは小さな声で己が師の名を口にした。
自分に稽古をつけてくれたのも、最初はきっと気紛れだったのだろう。
偶然出会った私が、テミスさんの補佐を務めることになったから。そのあまりの不甲斐なさに、見かねただけなのかもしれない。
けれど……祖国でのテミスさんの戦いを、私は誰よりも近くで見ていた。
だからこそ知っている。いつも皮肉ばかりで意地悪に嗤っているけれど、誰よりも傷付いて、誰よりも先頭で戦っていたテミスさんは、きっと誰よりも優しい人だって。
「シズクッ……!!!」
「ッ……!!!」
背後で叫びをあげるヤヤの声を聞きながら、シズクは静かな瞳で眼前の敵を見据え続ける。
迅いけれど狙いは甘い。けれど、この背にヤヤ様を守っている以上躱す事はできない。なら、この身で刃を受けて、動きが止まった所を斬り払う。
三体……いや、五体。
この命が燃え尽きるまでの間に、何体倒す事ができるだろう?
いいや、倒した数なんて数える事はしない。そんな暇があるのならば、一体でも多く道連れるッ!!
きっと大丈夫。ヤヤ様は私なんかよりも強い。テミスさんの月光斬ですら捌いてみせたんだ。だから……。
「きっと……怒られちゃいますね」
シズクは自らに言い聞かせるようにして後顧の憂いを断つと、最期の一撃に備えて刃が己が身を貫く時を待った。
こんな捨て身の戦いをしたとテミスさんが知れば、彼女はきっと怒るのだろう。
けれどきっと、最後にはよくやったって褒めてくれるはずだから。
躊躇いは無い。怖くもない。一体でも多くの敵を斃して、テミスさんと一緒に逝く。
そんな純然たる覚悟を胸に、シズクがその手に携えた刀を強く握り締めた時だった。
「ハァァッッ……!!!」
裂帛の気合と共に一閃の斬撃がシズクの傍らを通り抜け、雲霞の如く押し寄せる異形の化け物の群れに風穴を穿つ。
その斬撃と共に、横合いから駆けこんで来た黄金色の旋風が、残る化け物たちを千々に斬り払って……。
「御免なさい。遅くなってしまったわ」
「フリーディア……さん……!」
突如として眼前に現れたその人に、シズクは安堵と不満が綯い交ぜになった声でその名を呼んだ。
これ以上ない程に心強い援軍。テミスさんと同等に渡り合う彼女が再び立ち上がったのなら、どんな強敵が相手だってきっと何とかなる。
そう希望を抱くと同時に、棄てたはずの命を拾ってしまった自分に、憧れの人を独りで逝かせてしまう自分が不甲斐なくて。
シズクは刀を構え直しながらも、自らを庇ってくれたフリーディアに例の言葉を告げる事ができなかった。
「こんな所で諦めてたら、後でテミスに叱られるわよ?」
「ッ……!!!」
そんなシズクの内心を見透かしたかのように、フリーディアはチラリと肩越しに背後を振り返ると、僅かに微笑みを浮かべながら口を開く。
そうだ。テミスはいつだって、どんなに絶望的な状況でも絶対に諦めたりはしなかった。
フリーディアの言葉に、シズクは己が胸の奥に焼き付いている頼もしい背を思い出すと、鋭く息を呑んでコクリと頷きを返した。
「まぁ……私もヒトの事言えないけれどね……」
「……そうですよ。きっと真っ先に怒られるの、フリーディアさんですよ? 戦場で泣き崩れるとは何事だ~! ……って」
「かも……しれないわね……。ならその時は、一緒に怒られてあげましょう? そして一通り怒られた後で言ってやるの。貴方が負けたあの男は、私達が倒してあげたのよ。ってね」
「あはは……。テミスさん、すっごく悔しがりそうです」
「良いのよ。えぇ……それくらいで良いのよ」
「なら、私も混ぜなさいよ。アイツを殺すのはアタシだった筈なのに……。文句の一つくらい言ってやらなきゃ気が済まないわ!!」
フリーディアに斬り伏せられた化け物が黒い塵となって虚空へ消え失せていく前で。それを見据えて僅かに表情を陰らせたフリーディアは、シズクと肩を並べて剣を構え直しながらそう言葉を続ける。
シズクには、それが今のフリーディアにできる精一杯の空元気であることが痛いほど伝わってきて。
だからこそ、シズクはそんなフリーディアに空元気で言葉を返して言葉を交わすと、数秒遅れてヤヤが不敵な笑みを携えてそう告げながら、二人の背後から歩み寄って肩を並べたのだった。




