1536話 罪業たる命
死刑。
それは長く続く人類の歴史において、特に重篤な罪を犯した者に与えられる刑罰の名だ。
死を待つ時間の間に己が行いを悔いさせる事、罪人に息がある間に苦しみを与え、その苦痛を以て己が罪を後悔させる事。
脈々と続く歴史の中で形を変えながら永らえてきたその刑罰を見て、善良なる人々は自らの死を持ってしか償うことの出来ない罪を犯すような悪人を蔑み、同時に心の底でああはなるまいと嘯くのだ。
しかし、死刑という刑罰に課された役目が、罪人に死を以て罪を償わせるという認識は間違っている。
死刑とは、如何なる矯正を施そうとも改善の余地がない、人々の社会に害をもたらす異常者に対し、死を以て人の営みから排除する事を役目としている。
つまり、たとえ死してその命が尽きようとも犯した罪が消える事は無い。
故に……。
「サージル。今度こそしっかりと殺し切ってやる」
「…………」
テミスが大剣に力を集約させ、手向けの言葉と共に斬撃を放つ体制へと入って尚。サーシルはまるで自らの置かれた状況が理解できていないかのように、ぽかんと呆けた表情を浮かべていた。
それもその筈。サージルとしては、先程まで自分はテミスを一気呵成に攻め立てていたのだ。
数多の状態異常をその身に受け、苦しい防戦を強いられていたはずのテミスを誅するのは時間の問題のはずだった。
「セェッ……!!」
しかし、如何に理解が及ばなくとも無情にも時間は過ぎていき、気迫の籠った吐息と共に、テミスの剣から月光斬は放たれる。
至近距離で放たれた月光斬を躱す術の無いサージルの視界は、一瞬で輝く斬撃が放つ白い光に塗り潰され、己が身を庇う事すら出来ずに刃の中へと呑み込まれた。
たったひと振りでの決着。
立ち尽くすサージルを切り裂いた月光斬は、闘技場の地面を浅く切り裂きながら突き進み、ギルティアが新たに展開した障壁に当たって轟音を轟かせる。
「フン……」
「…………」
未だ斬られたことに気が付いていないのか、はたまた既に絶命しているのか。テミスはその場に立ち尽くしたまま微動だにしないサージルを一瞥すると、小さく鼻を鳴らしながら振り抜いた大剣を肩に担ぎあげた。
どちらにせよ、この空気の読めない大馬鹿が乱入してきた所為で、闘技大会は仕切り直しだろう。
ギルティアとの熱戦も、フリーディア達の奮闘も水泡と帰し、如何に手を施そうとも、少なからず互いの手の内が割れてしまった以上、たとえやり直したとて、これ以上の戦いは望めない。
「チッ……。やはりもう少し刻んでおくべきだったか」
身を翻したテミスは、ふと闘技大会に水を差された事実を思い出すと、忌々し気な舌打ちと共に呟きを漏らした。
如何にギルティアの思惑があったといえど、この場に集った者達にはそれなりの利がある話だったのだ。
だからこそ、ギルファーは遠く離れた地であるにも関わらず、このヴァルミンツヘイムまで出向いてきたし、我々ファントとロンヴァルディアとてこの催しの為に少なくない時間と人員と資金を割いている。
それを思えば、身勝手かつ下らない理由で全てをぶち壊したサージルには、せめて少しでも後悔を与えておくべきだった。
「ハン……後悔などするようなタマでもない……か……?」
そう胸の中で呟いた自問に、自答を零した時だった。
パタリ。と。
テミスは自らの足元から、水が滴ったかのような音を聞いた直後、自らの視界が急速に傾いでいくのを知覚した。
何が起きているのかわからない。
半ば反射的に踏ん張ろうと脚に力を籠めるも虚しく、テミスの身体はガシャリと派手に鎧を打ち鳴らしながら、地面の上へと倒れ込んだ。
「ぁ……?」
直後。
地面に倒れ伏したテミスの視界に入ってきたのは、地面に落ちた一滴の赤い血だまりと、倒れ伏した自らの身体の下から這い出てくるように広がっていく血の海で。
「…………?」
けれど、傷を負ったのならば当然襲ってくるはずの痛みは無く、強いて異常を挙げるのならば、右腕より下が突然痺れてしまったかのように動かないだけだ。
だからこそ。
現状を理解できないテミスは、ひとまず自らの体を起こすべく、唯一動かすことの出来る右腕に力を込めたのだが……。
「動くな馬鹿者ッ……!!」
「テミスッ!!」
即座に響いたギルティアとフリーディアの声を受けた瞬間、それまでしっかりと見えていた筈の視界が、急速に暗くなっていくのを感じた。
同時に、身体を持ち上げていた筈の右腕からも力が抜け、テミスは鎧が血だまりへと落ちる湿った音を鳴らしながら、その場に崩れ落ちたのだった。




