1532話 漆黒の剣戟
ギルティアとテミスの熱戦に沸き立つ会場の視線を一身に受けながら、二人はまるで時が止まってしまったかの如くピタリと武器を構え合う。
大剣を地面と水平に携え、肩の高さで構えるテミスに対して、ギルティアは片手で携えた長剣の切っ先を僅かにテミスへと向けた。
相も変わらず棒立ちも良い所。
身体は完全に開いており、ギルティアのそれは構えと呼ぶにはいささかお粗末に過ぎる代物だ。
だが。先程空を裂いて見せた剣閃が、テミスにギルティアを侮る事を許さなかった。
魔王の剣は本物。ならばこちらも全力を以て挑むのみ。
「…………」
「…………」
睨み合った二人の視線が交叉し、間に流れる空気を張り詰めさせていく。
テミスの踏みしめる地面が微かな音を立て、その脚に力が籠められたのを声高に叫んだ。
刹那。
「ハァッ……!!!」
裂帛の気合と共にテミスはそのまま前へと飛び出すと、真正面から刺突を以てギルティアの喉を狙う。
しかし、瞬時に動いたギルティアは自らの持つ長剣の柄頭で、テミスの大剣の腹を打って軌道を逸らすと、そのまま刃を立てて横薙ぎに振るい、返す刀でテミスの首を狙った。
だがテミスとて、馬鹿正直な刺突が決まるなどとは最初から考えておらず、身体を回転させて大剣を巻き取るかのように引き戻し、振るわれたギルティアの斬撃を受けて弾く。
「ハハッ……!!」
「クク……」
ぶつかり合った刃が僅かに火花散らす刹那の攻防。
漆黒の長剣と大剣はどちらもその大きさに見合わぬ速さを以て振るわれ、その大きさ以上の重さを以て打ち付けられる。
それは、どちらも自在に重量を操ることの出来るブラックアダマンタイト製の武器であるが故の光景であり、物理法則を無視した高速で放たれ続ける斬撃の狭間で、テミスとギルティアは楽し気に笑みを漏らした。
「……どうした? 随分と素直な剣だ。リョースからは、もっと面白い剣だと聞いていたのだがな」
「ハンッ……いつまでもそう余裕ぶっていられると思うなッ!!」
「おっと」
ガギン! バヂンッ! と漆黒の剣閃がぶつかり合う中。
不敵な微笑みを浮かべたギルティアが皮肉気な口調でテミス挑発する。
それに応じたテミスはもまた、ニヤリと不敵な微笑みを浮かべると同時に、打ち合わせた剣を軸にして高く跳び上がり、眼下にギルティアへ向けて鋭く大剣を投げ放った。
一条の流星と化した漆黒の大剣に、ギルティアは軽く身を翻してそれを避けると、落下してくるであろうテミスへ向けて長剣の切っ先を向ける。
しかし、そこにあったのはフワリと翻った長い銀の髪だけで。
ギルティアが自らから視線を外した隙に着地を果たしたテミスは、地面に突き立てた大剣を逆手で抜き放つと、そのまま身を低く落として足を払うように斬撃を放つ。
「なるほど。確かに面白い」
「チッ……!!」
意識を上へと向けてからの足を刈る斬撃。
たとえ跳躍して躱したとて、空中で無防備となった所へ斬撃を叩き込むはずだった。
だが。
テミスが大剣で足元を薙いだ瞬間。
ギルティアの身体はまるで重力を無視したかの如く浮き上がると、低く身を落としたテミスの頭上から痛烈な斬撃を浴びせかけた。
望外に放たれた斬撃を、テミスは地面を転がるように身を翻して躱すと、その勢いを利用して宙に浮かぶギルティアから距離を取り、体勢を立て直して再び大剣を構えた。
「ここで魔法を合わせて来るかッ……!!」
「中々に面白い使い方だろう? お前が型破りな剣を披露するのであれば、俺も相応の剣を以て応じなくてはな」
「上等だッ……!!」
悠然と地面に着地しながらそう告げるギルティアに、テミスは鋭く叫ぶと再び距離を詰めて斬りかかっていく。
二人の剣戟は激しさを増す度に、剣技の枠を逸脱した動きが目立つようになり、その異様ながらも派手な打ち合いは見る者の目を強く惹き付けた。
激しく打ち合っては離れ、離れてはまた打ち合いといった攻防を数度繰り返し、互いに振るった剣の威力で、二人の間に幾度目かの間合いが生じた時だった。
「――ッ! テミスッ!!!」
「……ッ!!?」
ガッッッシャァァァァン……!! と。
巨大な何かが砕け散る大きな音が響き、驚きの表情を浮かべたギルティアが鋭くテミスの名を呼んだ。
直後。
テミス頭上から突如として幾本もの蒼色の炎が降り注ぎ、その姿を蒼炎の中へと包み込んだのだった。




