1531話 魔王の裁定
「……どう考えても妙だったからな。思えば、お前はその剣を鞘から抜き放つことなくその手にして見せた。だが、いざ振るってみせたところでお前の剣筋は素人そのもの。容易に気付くためのきっかけは山ほどあった」
闇色の長剣を掲げて不敵な微笑みを浮かべるギルティアに対して、テミスは淡々とした口調で言葉を紡いだ。
鼻先まで死が迫ったあの感覚に、未だ心臓は漠々と狂ったように早鐘を打っている。
必死で張り巡らせている気を抜けば、瞬く間に脚はガクガクと震え出し、生き残った安堵とこびり付いた恐怖の残滓で立つ事さえままならなくなるだろう。
「恐ろしい剣だ。こうして見ているだけでも悍ましい。私としたことが、その剣の禍々しさに気圧され、目先の勝利を貪らんと食いついてしまうとは」
「クク……気丈なものだ。だが、意地もそこまで通す事ができれば見栄えがする。お前が直感した通り、この剣の前では如何なる防御も無意味だ。そしてわずかでも掠れば、原初の神の怒りと憎しみが呪いとなってその身を蝕む」
「ハッ……お前は馬鹿なのか? そんな剣、闘技大会で引っ張り出すような代物ではないだろうが」
「そうでもない。現にお前はこの剣の一端を見抜き、俺の斬撃を躱してみせた。ただの凡夫であれば今頃、この剣の餌食となっていた。尤も……お前たち二人を試すつもりであったが……及第点といった所か」
ギルティアはテミスと言葉を交わしながら、その背後で腰を抜かすフリーディアへチラリと視線を向けると、小さくため息を漏らす。
この男が何を考えているかなどわからない。少なくとも、常識で測れるようなマトモな思考の持ち主で無いのは確かだろう。
「落第でなくて何よりだ。それで……どうするつもりだ? たかだか一振り剣を振るっただけで終わりという訳にも行くまい? 私とて降参する気は無いぞ?」
「愚問だな。この剣を持った俺に勝てぬと知った上でなお挑むか」
「当たらなければどうという事は無い。それに、遊び足りていないのはお前だって同じだろう?」
「フ……良かろう。付き合ってやる。だが……」
引き攣った微笑みを浮かべながら挑発するテミスに、ギルティアは楽し気に唇を緩めて答えを返す。
同時に、特に構える訳でも無く手に携えていた罪禍の剣を、突如として現れた空間を切り裂いたかのような闇の中へと刺し入れると、代わりに見るからに上等な拵えの鞘に収まった一振りの長剣を取り出してスラリと抜き放つ。
その剣は、まるでテミスの大剣のような漆黒の輝きを放っており、先程ギルティアが携えていた闇色の長剣のような禍々しい気配を纏ってはいなかった。
「使うのはこちらの剣だ。アレとは違って何の曰くも付いてはいないが、お前の大剣と同じブラックアダマンタイトで拵えた名剣だ」
「冗談は止せギルティア。他でもないお前が、よりによって何の仕掛けも無い普通の剣でやり合うと?」
禍々しさを放ち続ける罪禍の剣が消えた事で、テミスは自らの身体が感じていた圧力かた解放されたのを感じると、油断なく構えていた剣の切っ先を揺らしながら言葉を返した。
先ほど見たギルティアの剣技は、お世辞にも戦えるなどと言えない程に稚拙なものだった。
尤も、それはギルティアの戦闘スタイルが、あの超然たる魔法の数々で戦うものである以上は仕方の無い事ではある。
だからこそ。テミスは剣で戦うと言うギルティアに肩を竦めてみせたのだが……。
「思い違うなよ。先の一閃はあくまでもお前を量るためのもの。打ち合わせると云う概念すら無いあの剣に剣技は必要あるまい。……見ていろ」
「っ……!!!」
何処か侮るような笑みすら浮かべたテミスに、ギルティアは先程テミスへ向けて放った横薙ぎの斬撃とは比べ物にならない程の速度で剣を振るい、自らの周囲の空間を千々に斬り裂いてみせた。
その技量は、明らかに並の剣士を遥かに超えており、テミスは驚きのあまり鋭く息を呑んだ。
「そういう訳だ。心配せずとも、お前達の遊び相手として役不足などとは言わせん。慢心も躊躇いも捨て、全霊を以て挑んで来るが良い」
そんなテミスに、ギルティアは堂々たる姿でそう宣言すると、漆黒に輝く長剣の切っ先をテミスへと向けて構えを取ったのだった。




