1527話 血路穿つ閃光
テミスの放つ月光斬の乱撃が始まってから数分。
ギルティアの展開した数々の魔法陣から放たれる魔法との衝突はさらに激しさを増していた。
時間が経つにつれ、衰えるどころか僅かに速度を増していくテミスの乱撃に対し、ギルティアは数多の属性を用いた魔法で応じ、連発する炸裂音と爆風が傍らで期を窺い続けるフリーディアの肌を撫でる。
「強烈な威力に飛来する斬撃を穿ち抜く正確さッ!! これは最早、ギルティア様が優勢と言っても過言ではありませんッ!! さぁッ! 全てを出し切ったテミスへ如何なる痛撃をお与えになるのか……!! 私も胸が高鳴りますッ!!」
「…………。いや……」
「っ……!」
熾烈極まるテミスとギルティアの戦いに、実況の声は朗々と声を上げて観客たちの心を煽り立てた。
しかし、傍らで状況を凝視し続けているフリーディアの見立ては、実況役の言葉に応ずるかの如く静かに響いた、解説役のルギウスと同じだった。
一見無秩序に放たれているように見えるテミスの月光斬が、僅かづつではあるものの偏りはじめている。
それに伴い、迎撃に用いられているギルティアが魔法陣を展開する位置もズレが生じており、最初はその身を均等に覆い尽くすように展開されていた魔法陣が、今ではフリーディアの眼前には彼女一人分ほどの隙間が生じていた。
「まだ……まだッ……!」
ピクリ、ピクリと。
フリーディアは自らの太腿の筋肉が焦れるように脈動するのを感じながら、強大な魔王であるギルティアが始めてみせた小さな隙を前に、必死で逸らんとする己が心に言い聞かせる。
確かに、目を見張るほど緻密に敷かれていた迎撃網にあれだけの隙間があれば、私であれば一撃を通す事ができるかもしれない。
けれど、ギルティアが魔法を展開する凄まじいまでの反応速度を考えれば、テミスの援護を計算に入れたとしても、対応されてしまう可能性は十二分にあった。
「ッ……!!!」
しかしそうしている間にも、ギルティアの展開している魔法陣たちは音も無く動き、まるで焦がれるフリーディアを誘っているかのようにその隙間を広げていく。
幾らテミスとはいえ、相手はあの魔王ギルティア。単独で対等以上に渡り合えている今が出来過ぎているともいえる。
「くっ……!!」
狂おしいほどに押し寄せる緊迫感と焦燥感に身を灼きながら、フリーディアはごくりと生唾を呑み込んだ。
今、この隙を突くべきでは……?
いいえ。テミスが隙を作ると言ったのだから、もっと決定的な……彼にとって致命的になる大きな隙が生じるはず……!! だから、今は堪えるべき。邪魔をしてはいけない。
けれどもしも、『今』がテミスの限界だったら……? 全霊を絞り尽くし、こじ開けた隙が『今』なのだとしたら。待ち続けるのは愚策中の愚策……せっかくテミスが作り出してくれた機を逸する事になる。
そんな相反する思いが胸の内でぶつかり合い、焦りと緊張がフリーディアの心を揺らし続けた。
自らの力を信じ、今……確かに目の前に在る隙に全てを賭けて斬り込んでいくか。
それとも、こうして居る今も尚、独力で踏ん張り続けているテミスを信じるか。
時間と共に降り積もっていく思いの重さに、フリーディアは自らの頬を熱い汗が一筋、ゆっくりと流れ落ちていくのを自覚した。
「スゥッ……ハッ……!」
ゆっくりと息を吸い込んで、熱い息を短く零す。
大丈夫。テミスはやると言ったら、それがどんな無茶や無謀であっても必ずやり遂げる。
フリーディアは胸の内でしっかりとそう言葉を紡ぐと、湧き上がってくる焦りと緊張を奥底へと封じ込めた。
瞬間。
揺らぎを見せていたフリーディアの瞳に力強い意志の光が戻り、知らずの内に浮足立っていた脚は地面を力強く踏みしめる。
そして、更に十数秒の時が過ぎた頃。
「…………!!!!!」
「ヌゥッ……!!」
声なき雄叫びと共に、月光斬を放ちながらギルティア周りを跳ね回るテミスの速度がさらに増し、ギルティアの食いしばった歯の隙間から呻き声が漏れる。
同時に、展開されているギルティアの魔法陣が大きく動き、フリーディアの眼前にその半身が晒された。
「ッ……!!!!!」
今しかないッ!!
そう確信したフリーディアが、前へと飛び出すべくその脚に全霊の力を込めた刹那。
「ウ……ォォォォォォオオオオオオオオオッッッッ!!!!」
「チッ……!! 浄罪の楯ッ!」
虚空から突如として姿を現したテミスが、猛々しい咆哮と共に白く輝く大剣を掲げ、鬼気迫る気迫と共にギルティアへと斬りかかった。
そんなテミスの一撃に対し、ギルティアは掌を素早く閃かせると、黄金色に輝く盾形の魔法陣を以て応じる。
バヂバヂバヂィッ!!! と。
真っ向から衝突したテミスの大剣とギルティアの楯が激しい音を奏でながら競り合う中。
「……ハァッ!!!」
「ッ――!!!」
響く音すら切り裂くように鋭く飛び出したフリーディアは、テミスの切り拓いた血路を一瞬のうちに駆け抜けると、ギルティアへ向けて全力で刺突を繰り出したのだった。




