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141話 圧力交渉

「無論だ」

「そうか。ならば、連中は皆殺しにしても問題ないな? 我ら魔王軍を裏切った裏切り者がこの世から消える……お前としては良い事づくめだろう?」

「っ――!!」


 ギルティアが即答し、テミスが邪悪な笑みを広げた瞬間。フリーディアは鋭く息を呑んだ。

 今、テミスがしているのは確認行為だ。彼女はきっと、ドロシーと言う宿敵をここで完全に消し去るつもりなのだろう。


「…………そうだな」

「よし。では、仮の話をしよう」


 長い沈黙の後ギルティアが答えを口にすると、テミスは満足気に息を漏らして唇を吊り上げた。危険を冒してまでヴァルミンツヘイムへ赴いたのだ、それに見合うだけのものを引き出さねばな。

 テミスは心の中でもほくそ笑むと、交渉の段取りを考えながら口を開く。


「仮に……ファントに攻め入る敵軍が第二軍団であった場合だ。その場合、魔王であるお前には、二つの責任が発生するな?」

「…………」

「造反を諫める責と、我々第十三独立遊撃軍団への補填。組織を預かる長として、当然の責務だ」


 沈黙を貫くギルティアに、テミスは歌うように練り上げた理論を叩き付けていく。

 反論の余地は無い。連中が完全な敵であると断じた今、ここでこの交渉を降りれば、ギルティアは味方を切り捨てた上に自領をも見棄てた愚王へと成り下がる。故に、この仮定を元にした要求はどんな無茶なものでも呑まざるを得ないのだ。


 楽な交渉だ。まるで、白紙の小切手を渡されたようなものだな。

 テミスがそう、心の中で呟いた時だった。


「テミス。ドロシーの造反を謳うのは結構だが、お前はどうなんだ?」

「はっ……? 私……?」


 薄い笑みを浮かべたギルティアは静かな声でそう切り出すと、ゆっくりと目を開いた。


「ああ。仮にお前の言う通り、ドロシーが我等に造反しファントを攻めていたとしよう。確かにそれならば、人魔混成の部隊にも説明が付く。だが……お前達も純粋な魔王軍の戦力だけで相対している訳ではあるまい?」


 ギルティアの視線がゆっくりとテミスから横へ移動し、その傍らに立つフリーディアへと注がれる。


「白翼騎士団……人間側の最高戦力がファントに付く理由も無い。人間であるお前が魔王軍を裏切ったと、ドロシーの目に映っても不思議ではあるまい」

「っ……だから、敵である人間と手を組んでまで友軍を叩いた事を不問にせよ……と? 奴の言葉を借りるようで不愉快だが、それこそ何の確認も無しに殴りかかるのはいかがなものかと思うがな」

「フッ……」


 思わぬ反論にテミスが反発すると、ギルティアは軽く頬を緩めて再びテミスへと視線を戻して口を開いた。


「ああ。その通りだ。第二軍団はお前たち第十三独立遊撃軍団のように、自らの判断で友軍を叩く事を許してはいない。故に私は、お前の言う責を負うべきなのだろう。だがな、テミス。自らの視点で突き進むのは結構な事だが、それが他の者にどう映るか……それを鑑みなければ、無用な争いはこの先も続くぞ?」

「っ……!」


 ギルティアは愉し気にそう言い放つと、テミスの表情が微かに強張った。それは、交渉を成功に収めたテミスが弁舌戦での敗北を悟った証だった。


「……忠告は受け取っておこう。だが、連中が第二軍団であることが判明した暁には、相応の要求は通させてもらうぞ?」

「ああ。魔王ギルティアの名の元に、決して違えぬと約束してやろう」

「チッ……ひとまず、お前が大義を……正義を違えたのではない事はわかった。ならばせいぜい、私は私の役目を果たすとしよう」


 舌打ちと共にテミスは身を翻すと、ギルティアに背を向けて足早に歩き始める。その背中を、一瞬だけギルティアに視線を向けたフリーディアが数歩遅れて追いかけた。


「娘……いや、フリーディア……だったな」

「っ! はい」

「――っ!!」


 それを見送っていたギルティアが突如口を開くと、部屋の外へと歩を進めていた二人の足が凍り付く。


「……何か」

「なに、べつに取って食いやしないさ……ただ、お前はそこのテミスと同じで、我ら魔族をヒトとして見ていると思っただけだ。他の連中とは異なり、私怨や目先の益に囚われずにな……」

「……」


 ギルティアがそう告げると、立ち止まっていたテミスの足がゆっくりと再び歩を刻み始める。その口元には、悔しげな表情とは裏腹に薄い笑みが浮かんでいた。


「人間が皆、お前のようであれば良かったのだがな……またいつか相見える日まで、壮健であれ」

「っ……今回は偶然だけれど……魔王ギルティア。貴方と話せてよかったわ」


 フリーディアは薄く微笑むギルティアにそう返すと、外套のフードを被って足早にテミスの後を追ったのだった。


「……ギルティア様、よろしいのですか?」

「リョースか……何がだ?」


 テミス達が去った後、ギルティアが玉座へと腰を落ち着けた瞬間。その影からリョースが姿を現して問いかけた。


「今回の件、理はテミスにあるかと。本当に、あのような約束をされてしまってよろしかったのですか?」

「ああ……その事か。奴は使える。人魔を統一し、平和な世を築くにはテミスの力は捨てがたい。ならば、いくら生意気だろうと多少の我儘は聞き入れてやらねばな」


 リョースの問いにギルティアは深い笑みを浮かべると、その紅い瞳をぎらつかせながら答えたのだった。

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