1520話 弱者の猛攻
解らん。この男の狙いが。
太刀を固く握り締めたリョースは、相対するカルヴァスを見る目に力を籠めると、胸の中でそう呟きを零した。
つい先ほどまで、この男はその在り方こそ見所はあったものの、それ以外はまるで取るに足らない凡夫だったはずだ。
万に一つとて、たとえ居眠りをしていたとしても、この男の剣が自分に届く事は無い。
そうリョースが確信するに足る程に、隔絶した力量の差が二人の間には横たわっていた。
「……立場が逆転したな。フリーディア様の後を追いたくば、私を倒してみせろッ!」
「笑止」
土煙の中から歩み出たカルヴァスが剣を構えながらそう告げると、リョースは思考を断ち切って構えていた太刀を上段へと持ち上げる。
如何なる小細工を企んでいようと関係は無い。
圧倒的な力を以て圧し潰すのみッ!!
リョースは胸の内でそう咆哮すると、迷いを断ち切って攻撃態勢に入る。
その眼前では同時にカルヴァスが、剣を振りかぶって真正面からリョースへと攻撃を仕掛けていた。
「ウ……ォォォォォッ!!!」
「…………」
相も変わらず遅い。
猛々しい方向と共に振り下ろされるカルヴァスの剣を、リョースはチラリと一瞥すると、微かにため息を吐きながらひとりごちる。
何かが劇的に変わった気配は無い。
だが、ただこの斬撃を弾いただけでは先程の二の舞になる可能性もある。
ならば……。
「やはり、蛮勇であったな」
剣が振り下ろされる刹那の間にリョースはカルヴァスの分析を終えると、上段に構えた太刀をそのままカルヴァスの斬撃に合わせるようにして斬り下ろした。
斬撃を弾いたとて、そのまま連撃に繋げられてしまうのならば、そもそも反撃する隙をも与えなければ良い。
先程交えたカルヴァスの斬撃の軽さから、リョースはたとえ自らの命へ向けて打ち込まれた斬撃であっても、その斬撃ごと屠る事ができる。
そう判断しての一刀だった。
「っ……!!」
「ッ……!」
だが。
直後に響いたのは、斬撃同士がぶつかり合うけたたましい金属音ではなく、シャリィンッ……という、僅かに金属同士を擦れ合わせたような淡い音だけで。
加えて、リョースが振るった太刀には、まるで空を裂いたかのような極めて軽い手応えだけが返ってくる。
「フッ……」
「ヌゥッ……!?」
それもその筈。
リョースへ向けて振り下ろされ、応じた斬撃とぶつかり合うはずだったカルヴァスの斬撃はその軌道を僅かに変え、リョースが振り下ろした太刀の側面を擦り抜いて振り切られていたのだ。
尤も、極端に剣撃を歪めたせいで狙いは大きく反れ、リョースを狙ったであろうその剣は傍らの空を切り裂いていた。
しかし。
「カアッ!!!」
「っ……!!」
直後。
続く第二撃目の機先を制したのはカルヴァスだった。
地面へと向けられていた切っ先は、まるで元よりそう定められていたかの如く軽やかな動きで跳ね上がり、側面から斬り上げる形でリョースの腕を浅く裂く。
致命傷には程遠い掠り傷。
しかし、カルヴァスから一太刀を受けたことに変わりはなく、リョースはその事実に激しく動揺していた。
「……馬鹿な」
「…………。フ~ッ!! ハァ~ッ!!」
加えて、一太刀を受けたリョースが大きく退いたにもかかわらず、カルヴァスはその場で振り切った剣を構え直すに留まり、追撃を仕掛けない事が、リョースに更なる困惑を与えた。
完全に虚を突き、浅いとはいえ一太刀を入れた状況で攻め手を止めるなど、逆転の好機を逃すに等しい愚行だ。
それに先程の一太刀。
もう一歩深く踏み込んでいれば、この程度の掠り傷ではなく、もっと深手を負わせる事ができたやもしれないというのに……。
「っ……!! まさか……!!」
「…………」
そこまで思考が至った瞬間。
リョースは一つの可能性へと思い至ると、驚きに息を呑みながらカルヴァスへと視線を向ける。
しかしそこでは、体勢を低く落として片手で剣を振り上げたカルヴァスが、突撃の構えを取ってリョースを睨み付けていた。
「貴様ッ……!! 読めたぞッ……! さては私を倒す気が無いな……ッ!?」
「…………。フッ……」
更なる剣撃を仕掛けてくる気配を見せたカルヴァスへ応ずるべく、リョースもまた太刀を構え直すと、自らの思い至った可能性を確かめるべく、唸るような声でカルヴァスへと問いかける。
そんなリョースに、カルヴァスは突撃の構えを維持したまま、ただ静かに不敵な微笑みを返したのだった。




