1518話 焦がれる心
――途方もなく強い。
リョースと剣を交えたフリーディアの胸中を満たしたのは、たったそれだけの感想だった。
扱っている剣も流派や思想こそ異なれど、斬撃が飛ぶ事も、魔法を纏う事も無く、板って振るうの剣術だ。
けれど、一度打ち込めば大岩をも砕くほどの威力を誇り、空を迅る斬撃は目にも留まらぬほど速い。
魔族である彼が剣のみで戦っているのは、何よりも明白な手加減の証なのだろう。
だが、手心を加えられている今でも、フリーディアはカルヴァスの援護があってはじめて辛うじてリョースと渡り合えていた。
「っ……!!!」
しかし、フリーディアの意識が目の前に立つ強敵だけに注がれる事は無く、寧ろ遠くで地面を転がりながら戦いを繰り広げている、テミスへと視線を泳がせている。
「馬鹿ッ……!! どうして一人でッ……!!!」
遂には堪え切れず、フリーディアは食いしばった歯の隙間から言葉を漏らすと、テミスへと向けた視線に更なる力を込めた。
魔王ギルティアは、テミスにとっても自分にとっても未知数の相手だ。
ならば、背負った国の名は異なれど、同じ志を抱く仲間同士、力を合わせて挑むべきなのだ。どうしても決着を付けなければならないというのなら、他の者達を蹴散らした後で、正々堂々と一対一で剣を交えればいい。
だというのに、テミスは単騎でギルティアへと挑み、見るからに苦戦を強いられている。
早く加勢に行かなければ。
遠く離れたテミスが放たれた魔法を躱す度に、フリーディアの胸の内をそんな焦りが満たしていくが、立ちはだかる強敵が決してそれを許す事は無いだろう。
「クッ……!!」
「…………。舐められたものだな」
「っ……!? 何ですって?」
「私がこうして眼前に立っているというのに、小娘……お前は先程から余所見をしてばかり。興覚めにも程がある」
「ッ……!!!」
ふと攻めの手を止めたリョースが静かに口を開くと、的確に図星を射抜かれたフリーディアは何も言葉を返す事ができず、歯を食いしばって黙り込んだ。
事実。リョースは気を散らしながら勝てるような相手ではない。
それどころか、全力全霊を振り絞って戦って尚、楽に倒す事の出来るような相手ではないのだ。
どうあがいても苦戦は必至。他人の事を気にかけている余裕など、今の自分にはない。
そう解っているはずなのに。
フリーディアの身体は理屈を無視し、己が直感が正しいと声高に叫び続けていた。
このままではまずい。
一刻も早くリョースを倒してテミスの元へと駆け付けなければ、テミスはきっと魔王に敗北してしまうだろう。
そんな直感ばかりがフリーディアを焦らせ、敵であるリョースに指摘を受けて尚、その視線がテミスへと走る。
「……話にならんな。何もかも」
「ッ――!!? しまっ……きゃぁッ……!?」
心ここにあらずといった状態のフリーディアを遂に見限ったのか、リョースは酷く落胆した様子で呟きを零すと、手に携えた太刀を振りかぶってフリーディアとの距離を詰めた。
当然。テミスへと意識を向けていたフリーディアの反応は大きく後れ、振るわれた斬撃を辛うじて剣で受け止めるも、身体ごと大きく弾き飛ばされて地面の上を転がった。
「終わりだ」
「うぅっ……!?」
だが、ただ弾き飛ばしただけで終わらせるリョースではなく、フリーディアが態勢を整える前にさらに前へと駆けて距離を詰めると、今度は剣を構え直す暇すら与えずに高々と太刀を振り上げた。
宣言通りの必殺の間合い。
防御はもう間に合わない。かといって体勢を崩している今では躱す事すら満足にできず、フリーディアはただリョースの振り上げた鈍色の太刀を見上げる事しかできなかった。
刹那。
「――フリーディア様ァッ!!」
「ムッ……!」
怒涛の咆哮をあげたカルヴァスが横合いから斬りかかると、リョースはヒラリと身を退いて奇襲の一撃を軽々と躱す。
それは同時に、フリーディアを仕留めることの出来る必殺の間合いから退いたことを意味していて。
「逃がす……かァ!!」
「フン……」
「ぐわッ……!?」
しかし、カルヴァスの攻撃は絶体絶命のフリーディアを救った一撃に留まらず、退いたリョースを追いかけて突撃を敢行する。
その目線の先には、リョースが悠然と太刀を構えて待ち受けていて。
当然。カルヴァスの二撃目の突撃をリョースが躱す必要はなく、小さな息遣いと共に響いた金属音と共に、カルヴァスは大きく弾き飛ばされてフリーディアの元まで跳び退がった。
「カルヴァス!! 有難う! 助かったわ。私は大丈夫だからッ!」
それでも尚、再び突撃を敢行せんと姿勢を低くするカルヴァスに、フリーディアは咄嗟に声を張り上げると、再び剣を構え直してその隣へと並び立った。
けれど……。
「お行き下さい。フリーディア様。ここは私が」
先だっての作戦を遂行する為、フリーディアがカルヴァスの一歩前へと歩み出ようとした時。
カルヴァスは構えていた剣から片手を放してフリーディアを制すると、相対するリョースを鋭く睨み付けたまま静かな声でそう告げたのだった。




