1517話 希望無き苦境
「くぁッ……!!」
ズドンッ!! と。
軽い地響きと共に地面が抉れ、飛散した土くれの塊がテミスの頬を打つ。
魔法による絨毯爆撃。ギルティアがテミスを追い詰めていた、遠距離からの飽和攻撃により、相手に近付かせる事なく蹂躙する戦い方は、奇しくもドロシーとヴァイセがコハク達に対して選んだ戦術と同じ戦術だった。
しかし、そこに用いられている魔法は威力も種類も速度もドロシーとヴァイセが扱うものとは大違いで、テミスはギルティアが放ち続ける攻撃を、ただひたすら躱し、防ぎ続けていた。
「クソッ……!! いったいどれほどの魔力を有しているんだッ……!!」
魔王というだけの事はある。
心の何処かでそう感心しながらも、テミスは自らの窮状に歯噛みをする。
これまで捌いてきた魔法だけで優に数十種類。私がこの世界に降り立ってから見てきた魔法の種類などとうに超えた。
だというのに、奴はまるで楽しむかの如く次から次に手を返品を変え魔法を繰り出し、その多彩な戦術は無限にすら思えてくる。
「さっきの魔法……何も見えなかった所を鑑みるに、恐らくは斥力の魔法か……。何でもありだな、本当に……」
次に放たれた雷の光線をテミスは転がって躱すと、雷の魔法によって上書きされて消え失せた地面の孔を一瞥して呟きを漏らす。
着弾した地面が弾けたアレはきっと、絶対に躱さなければならない類いの魔法だ。
剣で受ければ剣が爆散し、生身で受ければ五体が弾け飛ぶ。
実際に見る事ができたのは地面だったからこそ、最高硬度を誇るブラックアダマンタイトすらも砕く事ができるのか、また腕などの身体の末端に被弾した場合、被弾した地点を中心として弾け飛ぶのか、それとも個と見做した対象の中心に作用する魔法なのかなど、気にかかる点は山ほどある。
その特性如何によっては、恐ろしい程に使い方の幅が広がる汎用性の高い魔法だと言えるのだが……。
だが、今は試合の最中である以上、それを知る為には実際に受けて確認するしか無い訳で。
けれど、ギルティア程の相手を前に、必殺であると目される一撃を敢えて受けるのは愚策中の愚策でしかなく、テミスは湧き上がる好奇心を抑え込むと、再び静かに目の前の戦闘に集中した。
「ハハハッ!! 本当によく躱すッ!! そら! これならばどうだ!!」
「っ――!!」
高らかな笑い声と共に次なる魔法攻撃がギルティアから放たれ、テミスがそれを躱すべく身を翻した時だった。
ズォ……ッ!! という奇妙な音と共に、テミスは己が体が真横へと強く引き寄せられるのを感じると、刹那の間に渾身の力を以て跳躍してその場を大きく離脱する。
その直後。
つい先ほど身を翻したテミスが居た地点を含む、半径一メートルほどの空間が歪み、黒い球状の歪みとなって虚空へと消えた。
「ッ……!! 斥力の次は引力……いや、重力かッ……!?」
一歩離脱が遅れれば、今頃自分は肉体すら残す事無く死んでいた。
その事実に、テミスは背筋を怖気が駆け抜けていくのを感じながら、爆縮して消え失せた空間に戦慄の視線を向ける。
「フフ……実に面白いだろう? だが……こうして攻め続けるのも些か飽きた。躱してばかりではなく攻めてきたらどうだ?」
「ハッ……! 安い挑発だな。その手には乗らんぞ」
両者が言葉を交わしている間だけ、ギルティアから放たれる魔法の嵐は凪を見せ、テミスはその隙に体勢を立て直すと漆黒の大剣を構え直す。
攻め切れない。
ギルティアの言葉に不敵な笑みを浮かべながらも、テミスはその圧倒的な手数を前にそう判断せざるを得なかった。
ただ手数が多いだけならば問題は無い。多少威力が高かったとしても、強引に切り拓いてしまえば手傷は負うもののダメージを与える事はできるだろう。
だが問題なのは、先程の爆縮する魔法のような必殺の威力を持つ魔法が紛れているという事だ。
無理やり前に進んだところで、ああいった類の魔法を放たれれば躱す術は無く、無駄に命を散らすだけの結果となるだろう。
故に。
今のテミスにできる事といえば、せいぜいギルティアに魔法を放ち続けさせ、魔力の消耗を狙うことくらいなのだ。
「フゥム……私としても、このままお前を嬲り、僅かづつ削り倒すような無粋な真似をしたくは無いのだがな……」
「チッ……!! 高みから見下ろすように言ってくれるッ!!」
そして、現状を憂うような言葉と共に再びギルティアによる飽和攻撃が始まると、テミスはぎしりと固く歯を食いしばりながら、回避と防御に専念した。
テミスの戦況は、誰がどう見ても紛れも無い、正真正銘の窮地だ。
「っ……! テミスッ……!!! くぅッ……!?」
そんなテミスの窮状に、フリーディアは遠くからチラリと視線を向けて歯噛みした後、自らを狙って振るわれたリョースの一太刀を剣で受け止め、けたたましい金属音を響かせながら大きく後ろへと跳び退がったのだった。




