1516話 場外の瞳
闘技場の中ではそれぞれに戦局が動きを見せ始めた中。
戦いを見守る観客たちの熱狂は最高潮に達していた。
なかでも、やはり魔王ギルティアと元軍団長であるテミスの戦いは注目度が高く、観客たちは喉を嗄らしてギルティアへと声援を送りつづけている。
それは、魔王軍の一員である実況席で進行と盛り上げ役を務める声の主も同じらしく、三か所で繰り広げられる一進一退の攻防を、魔王軍の肩を持つ形で実況をしていた。
「これはッ……!! 何という展開速度! 何という凄まじい威力! 流石は我等が魔王様が繰られる至高の魔術ッ!! ご覧ください! 身の程を弁えず単身で挑んだテミスの姿を!! 反撃を企てる事すら許されず、辛うじて躱してはただただ芋虫のように転がり続けるのみッ!!」
「…………」
「一方で、ロンヴァルディアを征伐に向かわれたリョース様も、圧倒的な強さを見せ付けていますッ!! ファントが差し向けた刺客をも敵に相手させるとは、流石は魔王軍随一と謳われる冷静さと判断力を兼ね備えた、第三軍団長たるべき雄姿ですッ!!」
「はぁ……」
「更に更にッ!! 第二軍団長・ドロシー様は、どうやら敵方であるファントの配下であるヴァイセを従えた模様!! 無限の叡智たるドロシー様の智は、敵すらも魅了してしまうのかッ!!」
しかしその隣では、あまりにも偏向的な実況を続ける声の主に、解説を任されたルギウスが小さな溜め息を零しながら冷ややかな視線を送っていた。
確かに、局所的な戦闘だけを見れば、現在の魔王軍は他の勢力に比べて僅かに優位を保っていると言えるだろう。
けれど、その優勢もファント側からの協力があってこそのもの。
いくら武勇を以て軍団長を務めるドロシーやリョースであっても、各陣営が選出した選りすぐりの猛者に加えてファントの陣営が牙を剥けば、苦しい戦いを強いられることになるのはどう見ても明らかだ。
だというのに、先程からこの実況役は魔王軍を称えるばかりで的外れな実況を続け、他の三陣営をまるで悪役かの如く煽り立てている。
「やれやれ……だ……」
そんな実況の間違いを正すべく、時折ルギウスが口を挟まんと声を上げかけるが、この実況役はその度に毎度大きな声を張り上げ、ルギウスが言葉を発する事を許さないのだ。
無論。ルギウスとて魔王軍に籍を置く身の上。自らの所属する魔王軍を応援したくなる気持ちは理解できる。
だが、中立に徹するべき実況までもがこのような有様では、後が怖いのは言うまでもないだろう。
そんな思いを噛みしめながら、ルギウスは貴賓席で観戦するアリーシャとヤタロウへチラリと視線を向けて苦笑いを零した。
そこでは、腹の底が読めない微笑を浮かべるヤタロウと、実況を真に受けたらしく顔色を青くしたアリーシャが戦いを見守っていた。
「せめて幸運だったのは、この実況が彼女たちの耳に入っていない事かな……。聞こえていたならきっと、問答無用でこちらに流れ弾が飛んでくるだろうし……」
ルギウスは再び激闘を繰り広げるテミスとギルティアへ視線を戻すと、楽し気に口角を吊り上げてひとりごちる。
こちらに彼女の月光斬が飛んでこないという事は、それだけ戦いに集中しているという何よりの証拠だろう。
けれど、テミスの実力も、フリーディアの実力も良く知るルギウスとしては、この戦いがこのまま魔王軍の優勢に傾き続けて終わるとは到底思えなかった。
「さてさて! ここで解説のルギウス様っ? ギルティア様はロンヴァルディア、ギルファー両陣営に両軍団長を向かわせられましたが、対するファント陣営がそれに倣ったのは何故でしょう?」
「うん……? そうだね。きっと彼女の事だから、『誘い』に乗ったのだろうね」
「ははぁ……! この『誘い』とはつまり、ギルティア様がファント陣営には軍団長を差し向けなかった事でしょうか?」
「そう僕は見ているよ。加えて言うのなら、ヴァイセとサキュド……テミスが二人に出した指示は、相手を倒す事じゃなくて足止め。ほら、その証拠に今、彼……一瞬だけ攻撃を緩めてみせたでしょ?」
一進一退の攻防が続く戦局に、実況役は遂に傍らのルギウスへと意味深な視線を向けると、質問を投げかける形で水を向ける。
この質問には、ルギウスが嘘偽りを述べたり、偏向的な実況に苦言を呈す必要すらなく、問われた事柄だけを忠実に答えてくだけで、話の流れは自然と激戦の真意へと向かっていった。
「っ……!! はは……まさか……。彼は人間ですよ? 人間がそんな真似出来る訳が無いじゃないですか……」
「ふふ……どうかな? 見てごらん? 彼が今、攻撃の手を緩めたお陰で隙ができて、ギルファーが体勢を立て直した」
「ッ……!!! そんな……。で、でしたら!! 徒に戦いを引き延ばす彼等の狙いは何だと仰るのです!? 配下たる者、一刻も早く敵を倒し、主の加勢に向かうのが道理なはず……!!」
「さぁ……? そこまではわからないけれど……僕には、彼女が機を窺っているように見えるけれどね……?」
それでもなお食い下がる実況役に、ルギウスは涼し気な微笑みを浮かべて回答を重ねると、ギルティアを相手に苦しい防戦を続けているテミスへ視線を向けたのだった。




