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140話 魔王と悪魔と勇者と

 カッカッカッ。と。リズムの異なる軍靴の音が、薄暗い廊下に反響する。テミス達は今、魔王城の最奥に置かれている玉座へと歩を進めていた。


「第十三独立遊撃軍団軍団長テミス様と、その副官1名ですね?」

「ああ」

「……どうぞ。お連れ様の外套は――」

「――解っている」


 やがて現れた巨大の扉の前に辿り着くと、一歩策を進むテミスが扉の前で待っていた付き人と短く言葉を交わす。


「はっ……では、どうぞ。ギルティア様がお待ちです」

「ご苦労。戸を潜ったらで構わん。外套を外せ」

「……はい」


 付き人が一礼して戸を開くと、その傍らをすり抜けながらテミスはフリーディアに声をかけた。高慢な物言いではあったが、人間である彼女を招き入れるため、便宜上副官の位置で通している。その意図を察したのか、フリーディアは意外にも短く返答を返すと、ゆっくりとテミスの後に付き従う。


「久しぶりだなテミス。ラズール戦役以来か……で? わざわざ王城まで訪ねて来て何の用だ?」


 テミス達が王座へと足を踏み入れると、部屋の中心に設えられた椅子に腰を掛けたギルティアが鋭い目線と共に出迎えた。


「訳を聞きに来たのだ。ファントはお前の領地ではなかったか?」

「……フゥム」


 その目線を正面から見返しながらテミスが返すと、ギルティアは目を細めて喉を鳴らす。同時に、言いようの無い緊張感が部屋の中を急速に満たしていった。


「…………どうやら、まだお前に見限られた訳では無さそうだな」


 長い沈黙の後。ギルティアはそう口を開くと、ゆっくりと王座から立ち上がってテミスの側へと歩み寄る。


「……どうかな。お前の返答次第だ」

「理解しているとも。お前が私の名を呼んだ時……いや、そこの小娘と共にこの部屋に入って来た時からな」

「っ!!」


 ギルティアはそう呟いてフリーディアの方を一瞥すると、愉し気に目を細めて言葉を続けた。


「白翼騎士団の団長殿を従えて来た時には、お前が私を討ち取りに来たのかと身構えたぞ」

「……抜かせ。微塵も私達に負けるなどと思っていない癖に」


 軽口を交わしながら、テミスはニヤリと唇を吊り上げた。その頬を音も無く冷や汗が滴り、無意識に喉が生唾を嚥下する。

 やはりこの男は途方もなく強い。改めて相対して、テミスはそう確信した。カズトやフリーディア……この世界に来てから何人もの強者と相対してきたが、ギルティアが、彼らの持つ強さとは異なる何かを持っているのは間違いないだろう。


「フリーディア……だったか? 我が軍が大層世話になっているようだな」


 ギルティアは密かに戦慄するテミスの前で立ち止まると、その矛先をフリーディアに向けて口を開いた。しかし、その口調は敵対的なものではなく、むしろこの状況を面白がっているかのように聞こえた。


「……えぇ。その分私達も魔王軍……特にこのテミスには手を焼かされているわ」

「クハッ……」


 それまで沈黙を保っていてフリーディアがそう答えると、ギルティアが堪えかねたかのように盛大に笑いを零す。


「クククッ……良い。実に良いな。気に入った」


 ギルティアは笑いと共にフリーディアに頷くと、その視線をテミスへと戻して言葉を続けた。


「さて、では実務的な話へ戻ろうか。ファントへ援軍を送れぬ理由だったな?」

「ああ。ドロシーの件を抜きにしても、ファントに大軍が押し寄せているのは事実だ。現状の戦力では甚大な被害が出かねん」

「知っているとも」

「……それを理解した上で尚。援軍を出せないと?」

「ああ」


 ギルティアは、矢継ぎ早に繰り出される問いを悠然と受け流すと、テミスの目を見て静かに口を開いた。


「……お前は、気に食わんかもしれんがな。そのドロシーから報告が来ている」

「何ッ……!?」

「南方戦線で、この王都に向けて超遠距離爆撃術式が準備されているのを確認したらしい」

「そんなっ……!? あり得ないわっ!!」


 テミスがギルティアの言葉に反応する前に、後ろでずっと成り行きを見守っていたフリーディアが大声を上げる。


「あなた達の王都を直接攻撃できる手段なんて、私達は持ち合わせていないわ。仮にあったとしても、冒険者将校の独断でそんな作戦行動は認められないッ!」

「……我等を裏切り、そちらに付いた魔族の入れ知恵との事だ」


 ギルティアはフリーディアの反論を黙殺すると、補足とばかりに彼女のあげた反論を切り落とす。確かに、フリーディア達が知り得ないだけで、魔術に長けた魔族と現場の人間が結び付けば、あり得ない話ではない。

 つまり、ギルティアが十三軍団を見限って動かないのではなく、防衛の為に戦力を割く事ができないと言う事だ。


「……そこまでして、私を潰したいか」


 ぎしり。と。歯が軋むほどに食いしばられたテミスの口から、怨嗟の呟きが漏れ出る。現地の魔族を取り込む事はあり得ない話ではないが、はぐれ魔族が軍団を形成できるほど大量に存在する訳が無い。どう考えても、我々が援軍を求める事を読んだドロシーが、先手を打っていたとしか思えない。


「ッ……魔王を巻き込んだのはお前だ……文句は言わせんぞ……」


 テミスは万感の恨みを込めてそう呟くと、凶悪な笑みを浮かべて肩を震わせた。一見、絶望に泣き濡れているようにも見受けられるが、それを否定するように悪魔のような笑い声がその喉から漏れ出ていた。


「……確認だ。同志ギルティア」


 そして、その表情のまま顔を上げると、テミスはギルティアの顔を見据えて口を開いた。


「魔王軍としての見解を聞きたい。現在ファントを襲撃している軍勢に混じっている魔族連中は皆。はぐれ魔族なんだな?」


 その、爛々と輝くテミスの瞳に嫌な予感を覚えながら、フリーディアは静かに魔王へと視線を移したのだった。

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