1515話 心許さぬ共闘
一方その頃。
コハクたちとドロシーが相まみえるギルファー側の戦いは、爆炎が飛び荒ぶ戦場と化していた。
ドロシーは光り輝く剣と盾を繰り身を守りながら、次々と炸裂する火球をコハクたちに向けて放つ。
しかし、飛来する火球はその役を果たす前に、コハクの振るう目にも留まらぬ一閃によって切り裂かれ、対象から逸れるように二つに分かれると、あらぬ方向で爆発を巻き起こした。
「っ~~~!!! 冗談じゃないわよッ!! 魔法を真っ二つに切るなんてどんな化け物よ!!」
手を休める事無く新たな魔法を紡ぎながら、ドロシーは己が置かれた窮状にヒステッリックな叫びをあげる。
その傍らでは、頭の後ろでのんびりと手を組んだヴァイセが、何をするでもなくただ戦いを眺めていた。
「そりゃそうだぜ。あのヒト、ウチのテミス様とマトモにやり合ったっていうとんでもないお人だからな。一緒に居るシズクちゃんはテミス様と仲良いし、ヤヤ様だってテミス様が認める位には腕が立つ」
「クゥッ……!!!」
「流石のアンタでも、あの三人を相手するにゃ一人じゃキツいだろ? だからこうして手伝ってやろうって言ってんのにさ」
「うるさい!! 黙ってなさい!! 私は魔王軍の軍団長なのよッ!! たかだか獣人族三人ていどに苦戦してなんかいられないのよ!!」
「ふぅん……。獣人族程度ねぇ……」
球のような汗を流しながら魔法を撃ち続けるドロシーの叫びに、ヴァイセは変わらぬ態度で言葉を返すと、その視線をチラリとコハク達の方へと向ける。
そこでは、矢面に立ったコハクの背後に肩を並べたシズクとヤヤが、腰に提げた刀を抜き放つ事すらなく、静かな瞳でドロシーを見据えていた。
「あ~あ……。こりゃダメだな……」
その光景は、まるで肉食獣の親が我が子に狩りの仕方を教えている姿を彷彿とさせて。
そんなシズク達を見た途端、ヴァイセはドロシーの敗北を確信すると、誰にも届く事の無いほど小さな声でひとりごちる。
きっとあのコハクという剣士は、未だ実力の半分すらも出し切ってはいないだろう。
彼等が到着した時にテミス様とのやり取りを考えれば、彼がこの場に立っている理由はただ一つ。テミス様と同じ程度の強さを持つ者との戦いを愉しみに来たのだ。
つまり、彼が全力を以て攻めて来ない時点で、このドロシーという軍団長は格下と見做されており、彼女はそもそも『戦い』という場にすら立てていないという事だ。
「ま……それは俺も同じか……」
まだ戦いに手を出していないからか、それとも既に実力を見切られているからか。コハクはヴァイセを視界に捉え続けながらも、その存在を無視するかのように振舞い続けている。
しかし、己が主と同等以上の実力を持っているコハクが、ヴァイセより遥かに格上であるのは揺るぎの無い事実で。
彼がここに居る理由を考えれば、視界に留めこそすれど黙殺するのは道理といえる。
「んでも……ムカつくよなぁ……そんなの」
ヴァイセは頭の後ろで組んでいた手を解いて腕組みをすると、自らの二の腕を人差し指で叩きながらコハク達を見る目に力を込めた。
確かにコハクは強い。だけど、戦いすらするまでもなく取るに足らない雑魚だと見做されて腹が立たない訳が無い。
けれど、一人で攻撃を仕掛けた所で、隣で魔法を撃ち続けるドロシーと同様に軽々とあしらわれ、『狩りの教材』にされるのがオチだ。
「あっちもなんか苦戦してるみたいだし、テミス様も危なそうだなぁ……」
この戦場で唯一、全ての戦いの様子を見渡す余裕のあるヴァイセはそれぞれの戦場を一瞥すると、考えを巡らせながら言葉を零した。
自分達に課せられた任務は足止め。ならば苦戦しているとはいえ、主に助太刀は不要だろう。
ならばいっそ、相棒に加勢しに行くか……?
だが、このままではドロシーに勝ちの目が無いのは確実。自分がここを離れれば、自由になったギルファーが他の戦いに乱入してくるのは間違い無い。
かといって、当のドロシーにはこちらに協力する気は微塵たりとも無いらしく、単騎で攻撃を仕掛けたとしても各個撃破の標的になるのは自分だ。
「ハァ……面倒く――ッ!!」
複雑に絡み合った状況に、ヴァイセが深々と溜息を吐いた時だった。
ヴァイセの視界の端でコクリと小さく頷いたシズクが、低く身を落として腰の刀に手を番えた。
それが意味するのは、実戦の時間の訪れ。
コハクの戦いを見て学んだシズク達が、遂に獲物を狩るべく動き出したのだ。
「……させるかよッ!!」
「ッ……!!!」
身を落としたシズクが一歩を踏み切ろうとした刹那。
ヴァイセは半ば反射的に腕を振るうと、風の刃を生み出してシズクを狙った。
自らへと向けて突如放たれた攻撃に、シズクはビクリと身を竦めて立ち止まる。
しかし。
「…………」
ヴァイセの放った風の刃は、ドロシーの放つ魔法と同様にコハクによって切り裂かれ、その刃がシズクに届く事は無かった。
同時に、ギロリと動いたコハクの瞳がヴァイセを捉え、背筋が粟立つ程の威圧感が放たれ始める。
「チッ……!! 余計な真似するんじゃないわよ!!」
「へへ。そうもいかなくてね。こっちにも理由があるんだ。俺は俺で勝手にやらせて貰うぜ」
「フン……勝手にしたら? ただ、手を組んだなんて思わないでよね。あんまり隙を見せると、私の手が滑るかもしれないわ?」
「そうかい。せいぜい気を付けるさ。さぁて……ギルファーの皆様方よぉ……! 悪いがもうちっとだけ、こっちで遊んでいってくれやッ!!」
そんなヴァイセへドロシーは不満気に叫びをあげるが、ヴァイセは飄々とした態度でドロシーの苦言を受け流す。
すると、ドロシーは鼻を鳴らしてそっぽを向いた後、それまで寸断なく放っていた魔法に、僅かな溜めを作り始めた。
無論。その溜めは僅かではあるものの、コハク達が距離を詰める大きな隙となりかねないのだが……。
それを承知していたかのように、ヴァイセはドロシーの溜めによって生じた隙を埋めるかのように、今度はコハクを狙って腕を振るったのだった。




