1513話 紅の痛撃
最初に煌めいたのは、流星が如き紅の光だった。
煌々と光る穂先から零れ落ちた光が線を為し、目にも留まらぬほどすさまじい速度を以て繰り出される刺突が、紅色の流星群を現出させる。
「ハァァァアアアアアッッ!!!」
「ッ……!!!」
だが、傍目から見れば美しい流星群を彷彿とさせる技であったとしても、槍の穂先を向けられているレオンにとってはただの凶星でしかなく、構えたガンブレードを以て迫り来る流星を斬り払う。
しかし、魔力の籠ったサキュドの刺突は迅いだけではなく、一撃一撃が必殺の威力を誇っており、一撃目、二撃目と打ち払ったものの、続く三撃目がレオンの頬を掠めた。
「グッ……ゥゥッ……!!?」
瞬間。
新たに刻まれた傷口を焼け爛れるかのような痛みが襲い、レオンは堪らず呻き声を漏らす。
受けた傷は浅く、本来ならば取るに足らない、痛みはあれど堪えられる程度のものである筈だった。
けれど、さらに続く四撃目、五撃目を再び打ち払った今も尚、小さな傷を受けただけとは思えないほど、ジクジクズキズキという嫌な痛みが広がっていく。
「……ったく、器用に避けてくれるわね。なら……これでどうかしらッ!?」
「なっ……!?」
頬を蝕む痛みに、レオンの意識が僅かばかり逸れた時だった。
忌々し気な舌打ちと共にサキュドが呟きを漏らすと、寸断なく打ち込まれていた刺突の嵐にほんの一瞬だけ凪が訪れる。
それは紛れもなく、次なる攻撃で確実に獲物を仕留める為の溜めで。
相対するレオンからしてみれば、この隙はサキュドの連続攻撃から逃れる最初で最後の好機だったのだが……。
ジワジワと広がり続ける痛みに気を取られていたレオンは機を逸し、それでも逃したチャンスに追い縋るように、数瞬遅れて跳び退がった。
そこへ。
「ッ……ェァァアアアアッッ!!!」
サキュドが気迫の籠った叫びをあげると共に、三つの刺突がレオンを狙ってほぼ同時に放たれる。
一撃は僅かに右へと逸れてレオンの左肩へ。
一撃は身体の真芯を捕えてレオンの胸へ。
一撃は大きく軌跡を揺らしてレオンの左脚へ。
咢を大きく開いて獲物へ食らい付く獣のように、放たれた必殺の刺突がレオンへと肉薄した。
「クッ……。チィッ……!!」
対して、レオンは刹那にすら勝る時間で、放たれた三つの攻撃全てを防ぐ事は不可能だと判断を下すと、自らの身体の前にガンブレードを盾のように構え、防御の姿勢を取った。
構えられたガンブレードの刀身が阻んだのは、胸を抉り抜かんと狙う一撃と、左脚を食い破らんと狙う一撃。
判断基準は明確にして単純で。
胸を貫かれれば致命傷を受け、左脚を貫かれれば機動力を失う。けれど、右手でガンブレードを扱うレオンにとって、左肩は負傷したとしても戦闘自体を継続する事はできる部位だ。
そんな冷静にして合理的な判断の元、レオンは左肩へと向けられた一撃を躱す事を諦めると、残りの二撃を確実に受け止めて防いだ。
しかし……。
「グッ……アアアアアァァァァァァァァァッッッッ……!!!!」
直後に響き渡ったのは苦悶の絶叫だった。
貫かれた左肩は、まるで灼け付いた鉄の棒でも捻じ込まれているかのように、耐え難い激痛をレオンの脳へと発し続ける。
しかも、時間とともに急速に冷えていくことによって痛みが僅かばかりでも和らいでいく灼熱の鉄の棒とは異なり、レオンが受けた傷から発せられる痛みが和らぐ事は無く、神経をやすりで削り続けるが如く傷口を蝕み続けた。
「がッ……!! ァ……ッ……っ……!!」
その激痛による終わる事の無い蹂躙には、レオンの屈強な精神力を以てしても耐え切る事はできず、レオンはその場にガクリと膝を付くと、声にならない悲鳴を上げ続ける。
「くふふっ……ウフフフフッ……。とぉんでもなく痛いでしょう? 紅血の痛刺撃って言うの。安心なさいな。毒なんかじゃあないわ。それはアタシの魔力。アンタの身体を貫いた時、この槍に纏わせた魔力が傷口に居残って痛みを与え続けるのよ」
「…………」
「……凄い汗ね? でも、堪えても無駄。アタシの魔力はしばらく傷口に残り続けるし、その間痛みが途切れる事は無い……。素直に諦めて気絶しておきなさいな。そうして絶えていても辛いだけよ?」
サキュドは、膝を付いたままビクリビクリと小刻みに肩を揺らしながら、大量に球のような脂汗を流すレオンにゆっくりと歩み寄る。
そして、その降りてきた耳元へニンマリと意地の悪い笑みと共に口を寄せると、猫なで声で囁くように言葉を続けた。
しかし、膝を付いたもののレオンがその右手に握り締めたガンブレードを手放す事は無く、サキュドの甘言に従って意識を手放し、倒れ伏す事も無かった。
「……意地っ張りね。ま、良いわ。アタシの役割はアンタ達の足止めだもの。そうやって大人しく痛みに耐えてなさい」
そんなレオンに、サキュドがクスリと口角を歪めて告げた後、クルリと身を翻して数歩歩みを進めた時。
「ッ……!!」
「っ――!?」
ガァンッ!! と。
一発の猛々しい銃声が響き渡ったのだった。




