1512話 意地と誇り
「ッァ……!!」
気合の籠った鋭い吐息と共に、レオンの脚が全霊を以て地面を蹴り抜く。
下段に構えたガンブレードの銃爪には、既に柔らかく指が番えられており、籠められている魔弾を放つ時を待ち構えていた。
しかし、まるで地面を這うかのように姿勢を落としたレオンの身体が、不敵な微笑みを浮かべるサキュドの間近まで近付いてもその銃爪が引き絞られる事は無く、いつまで経っても放たれる事の無い攻撃を叩き潰すべく、サキュドの槍の穂先がゆらりと動いた時。
「喰らえッ!!」
「っ……!」
極端に前傾したレオンの身体が、まるで体当たりでも仕掛けるかの如くサキュドの身体に触れかけた刹那。
ガンブレードの銃爪がカチリと引き絞られ、魔力が炸裂する轟音と共にガンブレードの刀身が、身体が触れ合うほどに肉薄したサキュドを巻き込んでレオンの身体ごと上空へ向けて跳ね上がった。
王獅子の昇牙と名付けられたその技は、ガンブレードを用いて戦うエルトニアの戦士の中でも、特に優れた身体能力と強大な威力を誇るガンブレードを繰るレオンのみが扱える絶技だ。
弾丸が炸裂する強烈な反動をも利用して振るわれたその刃は魔力を纏い、威力と鋭さを増してサキュドを引き裂くべく食らい付く。
だがサキュドとて、それ程の一撃を前にただぼんやりと立っている筈も無く。
レオンの身体に向けて放たれかけていた紅槍の軌道を即座に変え、轟然と振るわれたレオンの魔刃を受け止めていた。
結果。
魔刃が纏う魔力の放出音と、ガンブレードの刃と紅槍が打ち合わされる音が合わさり、スギャァンッ!! という爆発音にも似たすさまじい音が空気を揺らす。
「…………」
絶技を放ち終えたレオンは空中でクルリと身体を一回転させた後、重力に従ってスタリと地面に着地すると、つい先ほどまでサキュドが居た方向を睨み付けた。
レオンが向けた視線の先では、数十メートルは優に吹き飛ばされたものの、彼女の象徴たる紅槍を以てレオンの一撃を防ぎ切ったサキュドが佇んでいる。
しかし、その顔には先程まで浮かべられていた愉し気な笑みは無く、唇を真一文字に結んだ表情からは、一切の感情を読み取る事ができなかった。
「フッ……無傷か……。やるじゃないか。この一撃でその首を獲るつもりだったのだけどな」
だが、彼女をリョースから引き離すというレオンの第一目標は、サキュドを大きく吹き飛ばした時点ですでに達成されており、レオンは更にサキュドの注意を惹く為に、勝ち誇ったような笑みを浮かべてガンブレードを肩へと担ぎ上げて言葉を重ねた。
刃を交えた事も、共に戦った事もあるからこそ解る。
自らの強さに誇りを持つサキュドが、この手の挑発を無視できるはずも無い。
故にこの期に、レオンはかつて戦場で刃を交えたあの日の雪辱を晴らす腹積もりだった。
「フン……その程度の打ち込みでアタシの首が獲れるとでも? 舐められたものね。テミス様の打ち込みはもっと早くて、もっと強烈だわ?」
「…………」
サキュドはレオンの一撃を防いだ紅槍で真一文字に空を薙いだ後、クルリと身体の横で回転させて再び構え直しながら、ゆっくりとした足取りで歩み寄るレオンへと嘯いてみせる。
しかし、強力無比な一撃を受けたサキュドの腕にはビリビリとした痺れが今も残っており、サキュドは悠然とした態度の裏で強く歯噛みしていた。
このまま再び接近戦を許して打ち合いになれば、自分が圧倒的な不利であるとサキュドは理解していた。
だが、テミスの右腕であるという自負が退く事を許さず、サキュドは反撃を警戒して僅かに歩調を緩めたレオンの前に立ち続ける。
けれど、このまま近付かれるのをただ眺めている訳には行かない。
誇りと現実の狭間。刹那の時間の間に葛藤を繰り返したサキュドは一つの解を導き出すと、ニヤリと唇を半月に歪めた。
「くふっ……! お喋りに付き合う気は無いとでも言いたげね? なら、アタシにも果たすべき任務があるし……さっさと終わらせましょう」
「っ……!!」
そして。
歪めた唇で言葉を紡ぐと同時に、サキュドは自らの紅槍の穂先へ魔力を流し込んだ。
一点へと注ぎ込まれた膨大な量の紅く色付く魔力は、周囲の景色を歪ませるほどの威圧感を放ち、真正面から毅然と歩み寄るレオンの足を止めさせた。
「次はアタシの番よ。その生意気な澄まし面を抉り抜かれたくなければ、本気で逃げ回りなさいな」
そんなレオンに、サキュドは紅槍を持つ手を引いた刺突の構えを取りながら、不敵にそう宣言してみせたのだった。




