1510話 一太刀の先
「空を裂く一刀か……フフ、相も変わらずお前は面白い」
「っ……!!」
再びギルティアへと肉薄したテミス。
しかし、続いて振り下ろされた斬撃はまたもや不可視の障壁に防がれて止まり、鍔迫り合いの形で膠着する。
魔法による絶対防御。よもやこれこそが、尊大にも思えるギルティアの自信の根源なのか……?
自らの攻撃を受けて尚、むしろこの状況を楽しんでいるかのような微笑みを浮かべるギルティアを前に、テミスの脳裏を一つの予感が掠めて行った。
いいやッ! あり得ない。たかだか防御が固い程度では、魔族の王を務めるどころかあの曲者揃いの軍団長共を従える事など不可能だ。
だがその直後。テミスは己の内に浮き上がった予感を否定すると、ギルティアを守る障壁にギシギシと大剣を押し付けながら皮肉気に口角を吊り上げる。
「……言ったはずだぞ。その余裕を崩すと」
「ホゥ……? っ……!!」
瞬間。
テミスの大剣が鋭い光を纏い、ギルティアの前に展開された不可視の障壁へ少しづつ食い込むかのように、僅かではあったが前進を始めた。
「ク……ハハ……!! 確かに、ただ斬り結ぶだけではお前の守りを崩す事は叶わんらしい、だがッ!! 如何に強力な障壁といえど所詮は壁ッ!! それ以上の力を叩き付けてやれば砕けるは道理ッ!!」
猛々しいテミスの叫びと共に、月光斬の力を纏わせた大剣へ更なる力が籠められると、斬撃を止めていた障壁がビシリと音を立ててひび割れる。
「一点突破……やはり面白い。よもや、独力で私の障壁を破ろうとは」
バリィンッ……。と。
硝子が砕け散るかのような済んだ音と共に、ギルティアを守る障壁が砕け散る。
しかし、それと同時にテミスの大剣に込められていた力も消え失せ、剣を包み込んでいた光が微かな燐光を残して消え失せた。
それは、月光斬の力を以て障壁をぶち抜き、そのままギルティアへ一太刀を入れようと目論んでいたテミスにとっては想定外の出来事だった。
「何ッ……!?」
「力の対消滅だ。お前の力と私の力、本質は異なれどそれが力であるという事実に変わりはない。互いに食らい合うべく、真っ向からぶつかり合えば消えて失せるは理だ。……そして」
「チィッ……!!! たとえ力が失われたとて、斬り付けるだけの余力はあるッ!!」
「当然。この機を逃すつもりは無い」
「クッ……!?」
だが、ギルティアにとっては自らの障壁が破られる事も、テミスの斬撃の威力が潰えるのも予測の内であったようで。
ギルティアは未だその顔に余裕の笑みを浮かべたまま、剣を振りかざした格好のまま突貫を続けるテミスの顔の前に掌を翳した。
魔法使いの掌。
それは数多の魔法を放つ銃口に等しく、眼前にそれを突き付けられる事は死を意味する。
その事実を知るが故に、テミスは攻撃へと振り切っていた意識を咄嗟に切り替え、自らへと向けられた魔手の先から全力で逃れる事を選んだ。
直後。
「フルゴル」
たった一言。ギルティアの口が短い言葉を口にすると同時に、つい先ほどまでテミスの顔面が在った空間を、眩い輝きが貫いた。
フルゴルと紡がれたその魔法が、如何なる魔法であるかはテミスにはわからない。
しかし、もしもこの光線の直撃を喰らっていれば、死を免れる事はできなかっただろうという事だけはわかる。
何故なら。辛うじて身を躱したテミスの先にある地面。
そこには、まるで鋭利な刃物で切り取ったかの如く、異様な程に綺麗な穴が穿たれていたのだ。
「っ~~~!!!」
「躱したか。良い判断だ。だが、その態勢ではこれは防げまい」
「迅っ――!? しまッ……!!!」
気配すらなく迅速に。まさに文字通り、眼前まで迫っていた明確な『死』に、テミスの背筋に今更ながら怖気が駆け抜けていく。
同時に、そこから逃れたという安堵が湧き上がり、テミスは密かに小さく息を吐いた。
だが、魔王との戦いの最中に安堵する暇などあるはずも無く。
ギルティアの楽し気な声が響く頃には、光線を放った掌は無理矢理に光線を躱したせいで体勢を崩したテミスの胸へと向けられており、そこには既にソフトボールほどの大きさの火球が現出していた。
「フラルゴ」
「ッ……!!! グッ……あああああぁぁぁァァァッッ!!」
無論。ギルティアが言葉を紡ぐと同時にその場で炸裂した火球をテミスが躱す事ができる筈もなく。
指向性を以て放たれた爆発の直撃を受けたテミスは、その凄まじい威力に吹き飛ばされ、数回転もの間為す術もなく地面を転がった後、全身から白煙を立ち昇らせて止まる。
「フフ……。そのブラックアダマンタイトの鎧で魔法自体は防ぐ事ができても、甲冑の表面で炸裂した爆発の威力までは防げまい」
「ぐ……あ……ぁ……ッ……!!」
「では、追撃といこうか」
それでも、テミスは即座に地面に剣を突き立てると、ゆらゆらと頼りなくその身体を左右に揺らしながらも立ち上がった。
しかし。
そんなテミスを前にギルティアはそう嘯くと、今度は両の掌に火球を現出させ、その矛先をテミスへと向けたのだった。




