1507話 静かなる幕開け
「それでは、いよいよこの戦いの火蓋を切る時がやってまいりました!! 皆様ッ!! 片時も目を離す隙など御座いません! なお、試合開始の合図と共に、観客席と闘技場の間には魔王軍の精鋭魔術師部隊による障壁が展開されますのでご安心をッ!!」
テミス達が所定の位置へとつくと、解説席の声がここぞとばかりに声を張り上げた。
続けてアナウンスされた言葉は、言葉の上は観客たちへ向けて告げられているように聞こえたがどことなく固さを帯びており、テミスは自分たち出場する闘士へ向けた最終確認も兼ねている事を察する。
「クク……精鋭魔導士部隊か。周囲を気にすることなく暴れられるのは有り難いが、果たしてどこまで耐えられるのやら……。いっそ、試合開始と同時に月光斬でもブチこんでやるか?」
「……テミス様? 開戦直後は守勢に回られるのでは?」
「冗談だとはわかっちゃいますけど、この状況では流石に笑えませんって……。だってテミス様、本当にやりかねないですし」
「っ……!! お前達……。フッ……その様子では気負い過ぎては無さそうだな。もちろん冗談だ。手はず通りに行くぞ」
「ハッ!」
「はいッ!!」
解説席の言葉に、テミスは不敵な微笑みを浮かべながら前に立つ二人の背に向けて言葉を投げかけてやるが、二人から返って来たのは至極真面目な答えだった。
どうやら、ギルティアの参戦も相まって、二人の意識は全てこれからの戦いへと向けられているらしく、そこには冗談や軽口などを挟む隙間もないようだ。
故に、テミスは静かに闘志を燃やす二人の邪魔にならないように、自らも意識を戦闘用のそれへと切り替えると、凛とした声で指示を出す。
瞬間。
サキュドはその手に現出させた槍を構えて、ヴァイセは腰を低く落として身構えて、威勢よく返事を返した。
同時に、テミスは離れた位置に陣取った他の勢力へと視線を走らせるが、相手も準備は万端らしく、各々が構えを取って静かにその時を待っていた。
そして。
「闘士の皆さま! 準備はよろしいですか!? ……万端のようですねッ!! では参りますッ!!! 試合ィッ……開始ィィィィィィッッッ!!!」
観客席から響く声が闘技場に並び立つ闘士たちへ問いかけると、僅かな間を置いて高らかに試合開始の宣言を叫ぶ。
刹那。
割れるように響いていた観客たちの大声援はピタリと止まり、代わりに熱を帯びた視線が注がれ始めた。
だが。
当初の手はず通りテミス達が動く事は無く。サキュドとヴァイセを前衛に立て、迎撃の布陣で他の勢力の出方を窺った。
しかし……。
試合開始の宣言がなされたにもかかわらず、テミス達を含めた4つの陣営が微動だにする事は無く、互いに互いを警戒するかのように睨み合いを始めただけだった。
「フン……こうなるのは当然だな」
そんな状況を前にして、テミスは小さくため息を吐くと、ちょうど真正面に陣取っているギルティアへと視線を向ける。
ここに肩を並べる者達は、フリーディア然りコハク然りただ腕が立つだけの戦士ではない。
一人一人が多くの戦いを潜り抜けた戦いを熟知した猛者であり、フリーディアやコハクに至っては実際に兵を率いて戦う指揮官なのだ。
そのような立場に在る者が、この四巴の戦いを前にして無計画に突撃を敢行する訳も無く。こうした膠着状態に陥るのは当然の事だと言えるだろう。
けれど、それは当然ギルティアとて予測の範疇であり、この一見すれば大会として大失敗に相違ない状況とて、思惑の内であるのは間違い無い筈だ。
「おぉっ……と……? これは? 私の開始の宣言が聞こえていない……訳では無いですよね? 各陣営、一歩も動かずに睨み合っておりますが、これは……」
「この戦いはいわば、九対三の集団戦だからね。先に攻撃を仕掛ければ、仕掛けた側と仕掛けられた側には当然隙が生じる。だからみんな、きっと隙を突く側に回ろうと考えたのだろうね」
――ならば、どう動く?
緊張感に満ちた闘技場に、次第に焦れ始めた観客たちの困惑の声が漏れ始めると、その困惑を即座に埋めるかのように解説席の声が響き渡る。
だが、実際に戦場に立っているテミス達には解説の声へと耳を傾ける余裕などなく、主催者であるギルティア率いる魔王軍の動向と、残りの二勢力の一挙手一投足に最大級の警戒を払い合っていた。
そんな中。
「…………。リョース。ドロシー」
「ハッ……」
「承知いたしましたわ」
ゆらりと肩を揺らしたギルティアが静かに配下の名を呼ぶと、身構えていた二人は即座にその声に応じて動き始める。
「っ……!! 来るわよッ!」
「単騎での突撃とは……舐められたものだ……! シズク! ヤヤ様!」
抜き放った太刀を構えたリョースは、弓から放たれた矢の如くフリーディア達が待ち受けるロンヴァルディア勢の方へ、早口で呪文を唱えたドロシーは、光り輝く魔法の剣と盾を現出させると、盾を構えて一直線にコハク達ギルファー勢の方へと駆け出していく。
その動きに応じて、ロンヴァルディア側からは緊張を帯びたフリーディアの声が、ギルファー側からは静かな怒りの混じったコハクの指示が響いたのだった。




