1503話 ギルファーの秘策
「ふふ……まさかこのような事になっているとは……。無念だよテミス。君が戦っている様は是非この目で見たかった。遅参が悔やまれる」
ルギウスが十三軍団区画にギルファー一行を招き入れると、そこには出場するのであろうヤヤとシズクの他にも、驚く事にヤタロウまでもが肩を並べていた。
加えて、シズクの背後には彼女の父親であるコハクまでもが控えており、その衝撃はヤタロウたちの事を知る者達の間から瞬く間に緊張を吹き飛ばした。
「……これは驚いた。お前の事だから、もしかしたら出向いて来るやもしれんとは思っていたが、まさか本当にヴァルミンツヘイムまで来てしまうとはな」
「私がこんな面白そうなものを見に来ない訳が無いだろう? 粘り強い交渉と説得の成果さ」
「…………。プッ……クク……!! やれやれだ、また相当な無茶を通したと見える。コハクが出てくるなど相当の事だろう?」
胸を張って得意気に答えるヤタロウに、テミスはチラリと背後で疲れ切った苦笑いを浮かべているコハクたちに視線を向けると、喉を鳴らして笑いを零しながら言葉を返した。
彼等の表情を見れば、ヤタロウの言う『粘り強い交渉と説得』がどれ程の無茶無謀であったかは容易に想像が付く。
おおかた、ヴァルミンツヘイムの観光と試合の観戦のために、護衛もつけずに選手と共に行くと言い出してみたり、それを諫められれば一人でも絶対にヴァルミンツヘイムへ向かうなんて駄々をこねたのだろう。
「それは……何と言いますか……。ご想像にお任せします」
「……。全く……ヤタロウ様も困ったものだ」
仮にも王とその直属の護衛の前。
だというのに、テミスは欠片も臆面する事なく笑い続けた。
けれど、コハクやシズクはテミスの質問には非常に渋い微笑みを浮かべて言葉を返したものの、テミスの態度を諫める事も、怒りを露にすることも無く、背後で毒気を抜かれたかのように状況を眺めている一同を驚かせた。
「あの……テミス……?」
「ん……? あぁ……そういえば、お前達はとは初対面だったな。コハク。こいつはフリーディア、こんなのでも白翼騎士団の団長を務める一端の騎士だ。フリーディア。彼は猫宮コハク、シズクの父親でギルファーでも指折りの強者だ」
突如として緩んだ空気にようやく我を取り戻したのか、テミスの隣へと歩み出ると、チラチラとコハクへ視線を向けながら何かを急かすかのように脇腹を小突く。
そんなフリーディアの意図に、テミスは一拍の間を置いてから思い至ると、静やかな表情を浮かべるコハクとフリーディアに繋ぎを付けてやった。
「ご紹介に与りました、フリーディアと申します。今回の大会はロンヴァルディアの代表として出場いたしますが、今はテミスの元で共にファントを治める身です。よろしくお願いします」
「これはご丁寧に。白翼騎士団の勇名は遥か北の我々の元まで届いておりますよ。私の名は猫宮琥珀。此度の手合わせ、剣を交える事ができる時を心待ちにしております」
「はい!! 是非!! その時は全霊にて!!」
代々続く名家の当主であるコハクと、戦場に身を置いているとはいえ王女であるフリーディア。どうやら二人はウマがあったらしく、互いに進み出て自己紹介を終えた後、穏やかな笑みを浮かべて握手を交わす。
「ン……? 待てコハク。お前今、何と言った? 剣を交えるのを楽しみにしていると言わなかったか?」
「あぁ、相違ないが?」
「っ~~~~!? 確認させろ。シズクが……ではなく、お前が……か?」
「そうだとも。私とて一介の剣士。これまではお役目が故、このような場で腕を披露する機会には巡り合えなんだ。だが、ヤタロウ様が同行されるとあらば、我々ギルファーの威を示す為にも、我が刀を振るわねばなるまい」
「な……ぁ……っ……!!? ヤタロウ……お前ぇッ……!! とんでもない奴を引っ張り出してきたな……!!」
その一言は、ともすれば聞き逃してしまいそうな程に、至極当然とばかりに発された言葉だった。
故に。テミスも最初は己が耳を疑い、頭を疑ってから問いかけたのだが。
どうやら耳も頭も正常に働いていたらしく、ギルファー最強の剣士であるコハクの出場という衝撃に、テミスは目を見開いてヤタロウへと視線を送る。
そこには、まるで悪戯が成功した子供のように、幸喜一色といった様子の満面の笑顔があった。
「いやぁ……私がヴァルミンツヘイムへと赴く為の条件の一つがコレでねぇ……」
「おまッ……!! コハク! お前、なにやら大層なお題目を並べていたが、絶対に自分が大会に出たかっただけだろうッ……!?」
「ははは。そんな馬鹿な。だけど、期せずして君と交わした再戦の約束も果たす事ができそうで、年甲斐もなく胸が躍っているよ。君達だけではなく、とても楽しい戦……ゴホン、手合わせになりそうだ」
そんなヤタロウが嘯く傍らで、動揺を露わにしたテミスが叫びをあげるが、コハクは穏やかなな雰囲気を纏ったままテミスの叫びを一笑に伏すと、テミスたちの背後で控えるレオン達へチラリと視線を向けてそう零したのだった。




