1502話 試される心
それから報せの通り、ギルファーの一行がヴァルミンツヘイムへと到着したのは、テミスたちがそれを伝え聞いた日の夕方ごろの事だった。
大会が今まさに始まらんとしている日である今日は、アリーシャを狙う者達にとっては最後のチャンスと言える。
そう予測したテミス達は、数十分にも及ぶ口論という名の協議を経て、全員が魔王城から外出せずに過ごすと決めていた。
加えて、アリーシャはテミスたちがあてがわれた十三軍団区画から出ず、その傍らには最低でも二人以上の護衛が付くという徹底っぷりだった。
無論。テミスとしては今日も今日とて喫茶モルトンへとコーヒーを楽しみに行きたかったのだが、フリーディアを筆頭とする他の五人に猛反対され、しばらく足掻いた後にやむなく外出を諦めたのだ。
「……報告を聞いてはいたけれど、恐ろしいほどに厳重な防備だね?」
そんな警戒態勢の中。
到着したギルファー一行を案内すべく十三軍団区画を訪れたルギウスは、頬を引き攣らせて苦笑いを浮かべた。
だがそれも無理はない話で。
ルギウスの眼前には、完全武装を整えたロンヴァルディアとファントの大会出場者が雁首を揃えて居るのだ。
加えてギルファー一行の到着まで、魔王軍側からこの十三軍団区画へ無事に立ち入ることを許されたのはギルティアとルギウスのみ。
その他の者が姿を現した場合、身の安全は保障できないとフリーディア達は魔王軍へ通達していたのだ。
「当り前じゃあないですか!! また戦争が始まっちまうかどうかの瀬戸際なんですよッ!? 正直、生きた心地がしなかったですよ!!」
「フン……戦争で済めば良い方だろ」
「そうね……。もしもの事があったらテミスは止まらないわ。それこそ、良からぬことを考えた人たちや、彼等を庇う人たちを根絶やしにするまで」
「そんなの悪夢だ。考えたくもない……」
「そう? それはそれで楽しそうだとアタシは思うけれど? テミス様と共に征く血で血を洗う報復の旅」
サキュドを除く四人は特に事態を深刻に受け止めていたようで、苦笑いを浮かべるルギウスに、各々がそれぞれに違った表情を浮かべながら言葉を返す。
「ハハ……。確かに君達の言う通りだ。君たちの気持ちは痛いほど理解できる。ところでテミス、こんな風に言われているのに君は随分と楽しそうだね?」
「こいつ等がいくら言っても聞かないんでな。私は別に普段通りで問題無いだろうと言ったのだが……お陰でアリーシャとコーヒーを飲みに行く予定がご破算だ。だからせめて、この状況を楽しんでやろうと思ってな」
「行かせられる訳がないでしょうッ!!! こんな状況で外に出たら、貴女絶対に襲ってくる相手を殺すわよねッ!? それにキーレさんにだって迷惑をかけてしまうかもしれないのに!!」
ピリピリとした緊張感を漂わせるフリーディア達に気圧されたのか、ルギウスはただ一人ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべているテミスへと水を向けた。
すると返って来たのは、ルギウスの予想を遥かに超えるほどに傲岸不遜な答えで。
それを聞いた途端、ルギウスが自らの失敗を悟るのと同時に、傍らのフリーディアが耐え兼ねたかの如く叫びをあげた。
けれど、フリーディアが吐き出したその叫びには、ルギウスも大いに賛同するところで。
直後。早速とばかりに挑発をしたテミスを相手に喧々囂々と口喧嘩を始めたフリーディアへ、ルギウスは胸の中で強く同情すると、そんなテミスたちの中で曇った表情を浮かべているアリーシャへ向けて口を開いた。
「えぇと……アリーシャちゃん、こんな事になってしまってごめん。魔王軍の一員として謝罪するよ」
「いえ! そんな……!! ルギウス様が謝らないでください! 私こそ……こんな風に皆に迷惑を掛けちゃって……。私が付いて来なければ……」
しかし、柔らかな笑みを浮かべて頭を下げたルギウスに、アリーシャは酷く気落ちした様子で言葉を返すと、一目見ただけでも無理をしていると分かるほどに痛々しい笑みを浮かべてみせる。
刹那。
「ッ――!!!」
「っ……!?」
バギリ。と。
突然何かが砕けたような音が響いた瞬間。ルギウスはまるで時が止まってしまったのかと錯覚するほどの怖気を覚えた。
それは周囲に集っていたファント・ロンヴァルディアの出場選手たちも同じだった。
無論。強烈な錯覚を覚えてしまうほど濃密な殺気の出所は言うまでも無く、フリーディアと繰り広げていた口論をピタリと止めたテミスから放たれていて。
「ルギウス。お前が来たという事は、ギルファーの者達が到着したのだろう? ならば、雑談に興ずる前に招き入れてやるべきではないか?」
「っ……!!!! あ……あぁ……。そうだね。そうだった……!! すぐに呼んで来るよっ!!」
ゆっくりと口を開いたテミスの顔は穏やかな笑みを浮かべているはずなのに、何故かルギウスの背筋を駆け巡る怖気が消える事は無く。
ルギウスはテミスの言葉にコクコクと浅い頷きを数度返した後、目にも留まらぬ速度で身を翻したのだった。




