1499話 秘密の紡ぐ縁
「それでは、私たちはこれで失礼するとする。また来るよ、キーレ」
しばらくの間店主と話し込んだ後。
テミスはフリーディアと共に席を立ち、穏やかな表情でキーレと名乗った店主へと告げた。
キーレとの語らいはとても楽しく実のある時間で、彼の語ったバルドの戦い方をはじめとする昔話は、テミスに胸が躍るような感情を湧き起こさせていた。
それはテミスの後について席を立ったフリーディアも同じらしく、爛々と輝かせた瞳からは胸の内の熱量が容易に推し量れる。
「はい。お待ちしております。どうかご武運を。此度の大会でのテミス様の雄姿、しかとこの目に焼き付けさせていただきます」
「フッ……期待に応えられるように努力はするさ。……っと、そうだ」
店の入口へ向けてゆっくりと歩を進めながらキーレと言葉を交わしていたテミスは、ふと何かを思い出したかのようにピタリと足を止めると、見送りに後ろへついていたキーレを振り返った。
その顔は、まるで悪戯を思い付いた子供のように無垢で楽し気な笑みが浮かべられており、間近でそれを見たフリーディアの胸の内に一抹の不安が過る。
「これは他愛のない囀りなのだが、この店にはSランクの冒険者が来たりはするか?」
「冒険者の方……でございますか? 確かに、時折そういった風貌の方はいらっしゃいますが、どのランクかまでは……」
「クス……。ならば訊き方を変えようか。Sランク冒険者・雷光のルード。以前奴には世話になった事があってな、これ程の店ならば顔を出すのではないかと思ったのだが?」
「――っ!!!」
フリーディアが眉を顰める隣でテミスが問いを重ねると、キーレが鋭く息を呑んで眉を跳ねさせる。
冒険者ルード。神出鬼没でフラフラと今もどこで何をしているかもわからない男だが、その正体は戦死したとされる前第十三軍団長であったバルドその人で。
何かと世話焼きなルードが、かつての部下を放置するとは考え難い。
そう考えたテミスの予測はどうやら当たっていたらしく、キーレは驚きの表情を浮かべてただテミスを見返していた。
「…………。驚きました。よもや、彼の事もご存じとは。えぇ、時折いらっしゃいますよ。ウチのコーヒーを気に入っていただけたご様子でして。近くまで来られた際は、必ず立ち寄ると仰ってくださいました」
「フッ……。ちなみに、前回この店に来たのはいつ頃だ?」
「そうですね。確か……数か月ほど前でしたでしょうか……。あぁ……なるほど……」
「ククッ……。どう思う? 来ると思うか?」
「間違い無くいらっしゃるかと。こういったお祭り事はお好きな御仁ですから。大会の事をお聞きになれば、必ずや観戦しに足を運ばれると思いますよ」
「そうか……。ならば、猶更負けられないな」
意味深な笑みを浮かべて質問を重ねるテミスに、キーレは首を傾げながら答えを返した後、その意図を察したように大きく頷いた。
そして、更に問いを重ねたテミスに穏やかな微笑みを浮かべると、確信を持った言葉で答えを返す。
テミスとキーレは、互いに表立って言葉には出さないものの、言外に含まれたその意図は両者の間で確かに伝わっており、断片的ではあるものの事情を知っているフリーディアは肩を竦めて苦笑いを浮かべていた。
「ふふ……そういう事でしたら、大会を終えた翌日、是非ウチへおいでください。あの方はこの町へいらっしゃった時と、この町を発たれる前、必ずお立ち寄り下さいますので」
「ホゥ、それは良い事を聞いた。確かに覚えておこう」
「あぁ……でしたら皆様お好きなお酒や料理はございますか? 僭越ながら、心ばかりのお祝いとして出来る限りご用意させていただきます」
「有難い。ならば、皆で足を運ぶとしよう。後程リストにまとめて使いを送るとするよ」
「畏まりました。楽しみにお待ちしております」
そんなフリーディアをよそに、テミスとキーレは示し合わせたかのようなスムーズさで話を進めていくと、互いに頷き合って会話を終える。
同時に、テミスはキーレが深々と頭を下げたのを視界の端に収めながら身を翻すと、店の出入り口までゆっくりと歩を進めて扉に手をかけた。
「それでは、今度こそお暇するとしよう。また来る」
そして、別れの挨拶を残してテミスが店の扉を開けた時だった。
「出てきたぞっ!!」
「よっしゃ退け! こんなに長く待たされたんだ。俺が一番乗りだ!!」
「おいふざけるな!! 待っていたのは皆同じだろう!! 抜け駆けは許さんぞ!!」
僅かに開いた扉の隙間から、店の外で待ち構えていたらしい数人の魔族の怒号が聞こえてくる。
「あぁ……そういえばそうだったな。ハァ……面倒臭い……。おいフリーディア。お前に客だぞ?」
「っ……!! 冗談は止して! 私だって嫌よ!! 私も相手をするから、貴女も戦ってあげなさい! ……っと、いけない! キーレさん、ご馳走様でした。また来ますね!」
瞬間。
がっくりと肩を落として脱力を露わにしたテミスがフリーディアへと矛先を向けるが、フリーディアは怒りの声を上げながら、その背を押してテミスを店の外へと押し出した。
そして、一層激しくなった店の外から響く怒号を背に、フリーディアはにっこりと笑みを浮かべてキーレに一礼をすると、自らもテミスを追って店を辞したのだった。




