1497話 友、そして主君
「だからこその闘技大会……という訳か」
夜の闇の中で燦然と輝くヴァルミンツヘイムの街並みを見下ろしながら、テミスは微かなため息と共に言葉を零した。
その隣では、テミスと同じく魔王城の眼前に広がる夜景へと視線を向けたルギウスが、微笑とも苦笑とも言えない笑みを浮かべて佇んでいる。
「戦いを知らないのならば教えてやらば良い。気軽に攻めろと宣い、見下していた相手の力量がいかほどのものかを知れば、再び戦へと逆戻りし得ない世論が変わると読んだのだろう」
「そこまでは僕もわからない。魔王様の意図までは聞かされていないからね」
「フン……。なればこそ、ギルファーの参戦は不自然極まりないな? 今のお前の話では、あくまでも人間と魔族……もしくはファントと魔王軍という図式だったが?」
「それが……そうでもないんだ」
テミスがそう問いを発すると共に、胸の内を見透かさんとするかのような鋭い視線を向けると、ルギウスはヴァルミンツヘイムが彩る夜景から視線を逸らすと、城壁の上に設えられた背の低い壁へと背を預けて言葉を続けた。
「少し前……君達はギルファーと友好を結んだだろう? 魔族たちとの間でファントが危険視されはじめたのはその時さ」
「何ィ……? 訳が分からんぞ。ファントやギルファーがどこの誰と交流を持とうが、いちいち魔王軍にお伺いを立てる必要は無い筈だ」
「その通りさ。けれど、君たち人間は……。いや、一部の人間達は獣人族を使うだろう?」
「……獣人奴隷か。忌々しい話だ。攫い攫われ、割を食うのは弱者のみときた」
「うん、嫌な話だ。けれど傍らから見ているだけの魔族の目には、人間が獣人を使ったという事実しか残らない。つまり今回の友好も、ファントがギルファーを使おうとしているんじゃないかと捉えられる訳だ」
淡々と告げられた言葉にテミスが吐き捨てるように言葉を返すと、今度はルギウスが射貫くような静かな視線をテミスへと向ける。
そこには、穏やかな光が漂っているものの、底の見えない怪しさが揺蕩っていた。
「なるほど……全て誂えたという訳だ。我々がこのヴァルミンツヘイムで戦ってみせるだけで、人間は己の強さを証明し、獣人は己の意志を示し、魔族は凝り固まった意識を打ち砕く事ができる。ついでに言うのなら、新たな戦争の火種も潰す事ができる……と」
「たった一手で全ての問題を解決してしまわれる。我が主君ながら、恐ろしいお人だよ」
「フッ……奴らしいと言えば奴らしいな。なんだかんだで、お前達魔王軍が一番得をしている点が特にそうだ」
噛み締めるように言葉を紡いだルギウスに、テミスは皮肉気に微笑みを零しながら言葉を返すと、クルリと身を翻して跳び上がり、ルギウスが背を預ける壁に腰を下ろす。
外部区画とはいえ、この場所は魔王城の中層に位置する場所。
高さはそれなりにあるし、それ故に吹き付ける風も相応の強さを誇っている。
だが、テミスは場所の高さも風の強さもものともする事は無く、轟々と吹き上げる風にその長い銀髪を舞い踊らせながら不敵な笑みを浮かべていた。
その、煌々と輝く月を背にしたテミスの姿は、まるで物語の中や絵画で描かれる魔王かのようで。
妖艶さと美しさを兼ね備えたテミスの姿を前に、ルギウスは言葉を返す事すら忘れて目を奪われていた。
「ま……今更ギルティアの奴が悪さをするなどと思ってはいないからな。諸々の面倒事の対価と思えば、それくらいは安いものか。つまるところルギウス……お前は私に、発破をかけに来たのだな?」
「っ……。…………。あ……あぁ……。結果的にはそうなるかな。相対していたロンヴァルディアの代表として参加するフリーディア君達は兎も角、かつて魔王軍の軍団長を務めていた君は、相応の実力を見せ付けなければいけないだろうからね」
「やれやれ……面倒な話だ。棄てた肩書がこうも付き纏ってくるとはな。タチの悪い呪いか何かに思えてきたぞ」
数秒の沈黙の後。
テミスの姿に見とれていたルギウスがコクリと頷くと、テミスは深い溜息と共に愚痴を零した。
その言い草は、聞く者が聞けば不敬だと気炎を上げかねないものだったが、テミスがそんな事を歯牙にかけるはずも無く、ヒラリと身軽に壁から飛び降りてみせる。
「呪い……か……。確かに、自由を是とする君には、僕たち軍団長の責任や義務は呪い……重荷に感じるのかもしれないね」
「……すまん。失言だった。ならば言い換えよう。そもそも、ギルティアの奴のお眼鏡に敵ってしまった事が、呪いのようなものだな」
「っ……!! ははっ……!! まったく、君って人は。怖いもの知らずだねぇホント」
「ククッ……!! だが、間違ってはいないだろう? 私とて、後悔はしていないがな」
軽い足音を奏でて着地したテミスに、ルギウスが少し沈んだ笑みを浮かべて告げると、テミスは驚いたように目を丸くして数度瞬きをした後、謝罪と共に肩を竦めて言い換えてみせる。
けれどそれは、ある意味でもっとひどい言い回しになっているとも受け取れて。
それを聞いたルギウスがとても面白そうに笑い声をあげると、テミスも何処か得意気に笑ってみせた。
そんな二人の明るい笑い声が、月明かりの中に佇む魔王城の片隅で朗々と木霊したのだった。




