1494話 それぞれの休暇、交わる噂
魔都ヴァルミンツヘイムに、前十三軍団軍団長・テミスが逗留している。
小競り合いの一件と共にその噂は、ヴァルミンツヘイム中へ瞬く間に広まっていった。
尤も、牛人族との小競り合いをした事については、噂に尾ひれやはひれがつくどころか、胸鰭に背びれとついでに翼まで生えて飛び回っているかのような有様で。
やれ一刀で頭から真っ二つに切り裂いただの、駆け付けた憲兵団50人を相手に大立ち回りを演じて一人残らず倒してみせただの、真実を知る者からすれば滑稽極まりない内容と化していた。
しかし、噂を伝え聞く者としては、ただじゃれ合うような小競り合いを演じただけではなく、そう言った派手な話が好まれるのも事実なのだろうが……。
「テミス? 貴女、早速何をやらかしたの? すごい勢いで噂になっているわよ?」
あの一件の後、予定通りにアリーシャとヴァルミンツヘイムの町を巡ったテミスたちが城へと帰ると、二人を出迎えたのは怒りに眉根を寄せたフリーディアだった。
しかも、その矛先は共に居たはずのアリーシャには一寸たりとも向けられず、フリーディアはまるで何があったのかを全て理解しているかの如く、呆れかえったような視線を真っ直ぐテミスへと向けていた。
「……別に? 何も」
「無かったわけがないでしょう!! 正直に白状なさい!! 私も噂が全部本当だなんて思っていないわ。いったい何人相手にしたの? まさか、本当に殺してはいないでしょうね?」
「チッ……。一人だよ。刀も抜いちゃいない。少々じゃれ合っただけだ」
「ちょ……!! 誤魔化さないでッ!! 私たち全員の安全にも関わるの!! ここはヴァルミンツヘイムなのよ? 魔王ギルティアの治める町……。そんな所でこんな騒ぎを起こして……身の振り方を考える必要があるわ!!」
「…………。フリーディアお前……。本ッッッッッ当……!!!! に面倒な奴だな。たかだか町に流れている噂程度で、あのギルティアが私達をどうこうするとでも? ハッ、馬鹿馬鹿しい。小心者にも程があるぞ」
いつもファントで繰り広げられている通り、喧々囂々と気炎を上げるフリーディアを、テミスが心底面倒くさそうにあしらう。
この光景は最早、十三軍団区画に居る者達にとっては日常の光景で。
テミスと共に戻ってきたアリーシャまでもが、言い争いを始める二人の傍らを通り抜けて、腕に提げた鞄を机の上へと下ろす。
「冗談や皮肉なら後で聞くからッ!! 今回ばかりはお願いだから本当の事を答えて頂戴!!」
「だから……最初から嘘もごまかしも言ってなどいない。それにだな、フリーディア。噂というのならば私も小耳に挟んだが? 何やら目の覚めるような黄金の髪をした私が、余計な諍いに首を突っ込んだそうじゃないか」
「ッ……!!?」
「曰く、争っていた両者をまとめて叩き伏せて両成敗としたとか。そんな事をやらかしてくれたのは、いったい何処の私なのだろうな? ン……?」
「う……ぐっ……!! それは……!!」
「他にも、だ。長身で痩躯な人間の男に喧嘩を売った魔王軍の将兵が叩きのめされただとか、紅色の魔力を帯びた斬撃が雲を裂いただとか……」
「……興味ないな」
「へ……へぇ~……! 随分と腕の立つヤツが居るんですねぇ……。流石はヴァルミンツヘイムというべきでしょうか?」
テミスが言葉を返すかのように、町に流れている自らの噂に混じって、時折漏れ聞こえてきた酷く耳に馴染みのある噂を挙げてやると、フリーディアはピクリと眉を吊り上げて押し黙り、レオンとサキュドはそれぞれに明後日の方向へと視線を泳がせた。
つまるところ、全員が全員なんだかんだとやらかしている訳で。
「ハァ……やれやれ。私も人の事を言えたタチではないが、お前達も少しくらいはカルヴァスを見習ったらどうだ? 結局まともに問題を起こさなかったのはヤツだけじゃないか……」
「ッ……!! いえ……その……申し訳ありません。私はフリーディア様の護衛として、行動を共にしておりましたので……」
「あぁ……なんだ……全滅じゃないか……。ククッ……!! ハハハ!!! だがまぁ、町の雰囲気を見る限り、当然の帰結だろうさ」
アリーシャやレオン、そしてサキュドと共に机の側で肩を並べるカルヴァスへ視線を向けたテミスが、ニンマリと笑みを浮かべて矛先を向けると、ビクリと肩を跳ねさせたカルヴァスは、酷く気まずそうに視線を泳がせながら、ボソボソと言葉を返した。
その答えは、彼の性格を少なからず知っているテミスにとって、少しばかり予想外のもので。
けれど、いとも容易く思い浮かんだその情景に、テミスは腹を抱えてひとしきり笑い声をあげたあと、目尻にうっすらと浮かんだ涙を拭いながら不敵に微笑んだ。
「お前達も見たんだろう? そして感じたのだろう? この町に蔓延る雰囲気を。他でもないギルティアが町を見て回れと言ってきたのだ。つまるところは、そういう事だろうさ」
各々がそれぞれに違った表情を浮かべる中。
テミスは不敵な笑みを携えたまま一同を見渡すと、肩を竦めてそう結論を告げたのだった。




