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137話 刃の胎動

「……なるほど。確かにおかしいね」


 三部隊の長が顔を突き合わせる執務室で、ルギウスは書状から顔を上げると伏し目がちに呟いた。


「私達もあまり人の事は言えないけれど、あなた達の上も相当ね? どう見てもそのドロシーとか言う軍団長を庇っていないかしら?」

「いや……そこでは無いよ」


 フリーディアがため息交じりに発した皮肉を、ルギウスは即座に否定した。しかし、その表情は決して明るいものではなく、その形の良い顎に添えられた手が、深い思案を行っている事を告げていた。


「ギルティア様にとって、テミスもドロシーも同じ同志のはず。彼女たちがどれほど憎み合っていたとしてもね……」


 ルギウスは難しい顔をしてそう口を開くと、テミスの目を見つめながら言葉を続けた。


「だからこそ、断片情報だけでドロシーを咎める……いや、決定的な証拠が無い状態で彼女を裁量しないのは正しいんだ。けれど、援軍を出さない……これだけはおかしいんだ」

「フム……」


 解説するルギウスの声だけが響く執務室に、テミスが小さく息を吐く音が木霊した。あくまでもその音はごく小さなものだったが、爆発寸前の爆弾のような存在である今のテミスの挙動は、部屋に集まる者達にとって細心の注意を払うべきことだった。


「つまり、はぐれ魔族が軍団単位で潜んでいて、あまつさえそれらが人間に付いた……と。フッ……クククッ……」


 皮肉気に頬を吊り上げたテミスがそう零すと、部屋に漂う緊張感が一気に高まった。


「馬鹿馬鹿しい……馬鹿馬鹿しいが、可能性の無い話ではない……」


 鋭い眼光を収めたテミスがそう締めくくると、その傍らでマグヌスは密かに胸をなでおろした。いくら白翼の団長とルギウス様とはいえ、激高した彼女を無傷で抑えるのは難しいだろう。


 そんな部下の心労をよそに、テミスは思考を巡らせていた。

 確かに、盗賊団やそれに類する連中……つまり正規軍以外の戦力が存在する可能性は大いにあり得る。だがルギウスの言う通り、その可能性を鑑みたとしても、現在進行形で大軍に攻め入られているファントからの援軍要請を蹴る理由にはならない。


「何かが起きている……と言う事か……」


 それが何かはわからないが、これ以上使いを出して問い合わせたところで、期待するような答えは返ってこないだろう。それが戦力を他へと割かねばならない事柄なのか、それとも我々が切り捨てられたのか……。真実がどうなのだとしても、何が起きているのかは知っておく必要はあるだろう。


「ルギウス。私は一度、ヴァルミンツヘイムへ向かおうと思う」


 長い沈黙の後、テミスは静かに目を開くと、二人の目を見据えてそう告げた。


「…………」

「待ってテミス。気持ちは分かるけれど、これ以上戦力を減らすべきではないわ」


 その言葉に対する反応は、見事に分かれていた。フリーディアは即座に異を唱え、ルギウスは黙り込む。フリーディアはこの戦況を見定めたうえでの意見なのだろうし、ルギウスも先の事を思案するが故に答えかねる……と言った所だろう。

 だが、テミスはこの時、二人とは全く別の可能性を見据えてこの案を提出していた。


「フリーディア。魔王城にはお前も同行してもらう」

「なっ――!?」


 テミスがそう付け加えた瞬間。執務室に集まっている全員が凍り付いた。だがこれは、当り前の反応だろうとテミスは小さく息を漏らす。

 本来は敵であるフリーディアを魔王城へ同行させるなど狂気の沙汰だ。だが、魔王すらも敵に回る可能性が見えてきた今、それを明らかにするのならば、切り札になり得る決定打を用意しておく必要がある。


「お前の力が必要だ……フリーディア。手を貸してくれ」


 驚愕の表情で固まるフリーディアに、テミスは目を見つめて言葉を重ねた。

 恐らく、武器が揃い装備が整った今でも、私一人の刃ではギルティアに届く事は無いだろう。だが、フリーディアが居れば……。


「……わかったわ。貴女の事だから、何か考えがあるのでしょう。でも、何の策も無しにこの町を空けると言うのなら呑めないわ」


 驚愕の波が過ぎ去った後、フリーディアは深いため息と共にテミスの提案を承諾した。魔王自身をこの目で見られるのならば願ってもない事だし、これはフリーディア自身にも実入りのある提案だった。


「心配するな。策ならある……どうせ総力戦なんだ。奇手奇策……派手に行こうじゃないか」


 テミスは部屋の面々を見渡してそう告げると、ニヤリと凶悪な笑みを浮かべたのだった。

2020/11/23 誤字修正しました

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