1483話 賑やかな拝謁
足音を響かせながら、傍らにリョースとルギウスを従えたギルティアが姿を現すと、テミス達一行の間に途方もない緊張が走る。
つい先ほどまで、和気藹々と賑やかだった場の雰囲気は何処かへと消え失せ、寒々しい石造りの部屋の中には、厳かな気配が満ち満ちていた。
「ッ……!!!」
「あれ……がッ……!?」
「ウゥッ……!!?」
ギルティアがその身に纏う圧倒的な存在感。
それは、相対する者に対して半ば強制的に畏怖の念を呼び起こさせ、彼の者の配下でなくとも思わず背筋を正してしまうほどで。
特にギルティアの姿を初めて目にする、レオンとヴァイセとカルヴァスは、轟々と暴風が如く吹き寄せる気迫に、固く歯を食いしばって抗っていた。
「っ……!」
「……。ホゥ……?」
「…………」
しかし、そんな彼等の傍らでは、居住まいを正したアリーシャが、まるで自らに声が掛かるのを待つ従者が如く凛と佇んでおり、その身体には欠片ほどの力みも感じられなかった。
否。アレは従者などでは無い。
そんなアリーシャに目を留めたテミスは、自らの胸の内に抱いた感想を即座に斬って捨てると、彼女の持つ芯の強さに舌を巻いた。
あれはまさしく、ごく稀にアリーシャが見せる、注文を待つ時の姿勢だ。
常に客で賑わうマーサの宿では、忙しく働く彼女が待ちに徹する事は珍しいが、その気配を完全に断つでもなく、しかして決して主張しない瀟洒な所作からは気品さえも感じられた。
一方で、幾度となくギルティアと対峙してきたテミスが、今更この程度の気迫で物怖じするはずも無く、緊張した面持ちを浮かべる仲間達を一瞥した後、不敵な笑みを浮かべて口を開く。
「クク……久し振りだな? ギルティア。こうして顔を合わせるのはいつ以来だったか」
「その問いがこの城でと言う意味ならば、お前が我が軍を割って出た時以来だな」
「道理で懐かしい筈だ。アンドレアルは壮健か?」
「あぁ。奴もお前に会いたがっていたぞ。今は任に就いている故、席を外しているが……逗留している間に訪ねてやると良い」
「……覚えて居たらな」
テミスとギルティアは世間話を交わしながら互いに進み出ると、全員の視線が集まるただ中で対峙する。
しかし、気迫こそは今にも戦いを始めんとしているかの如き様相ではあったが、二人からは一切殺気が放たれておらず、これがただの挨拶代わりの軽口だと示していた。
「フッ……相変わらず口の減らん奴だ。だが、そこが面白い」
「お褒めに預かり光栄だよ。それよりも、気合が入っているとは聞き及んでいるが、そろそろ昂っている気を静めないと、おちおち話もできんぞ?」
「ム……? あぁ、これは失礼した。ちょうど面白い余興を思い付いた所にお前達が到着したと声が掛かったのでな……。フム……こんな所か……」
魔王軍時代には、よく他の軍団長連中から不遜に過ぎると声が上がっていたテミスの態度にも、ギルティアはニヤリと笑みを浮かべて上機嫌に応ずる。
そんなギルティアにテミスもまた、何処か上機嫌な雰囲気を醸し出しながら肩を竦めると、背後で並々ならぬ緊張感を漂わせるフリーディア達を示した。
すると、ギルティアはテミスの言葉にチラリとフリーディア達の方へ視線を向けた後、何かを納得したように頷いてから静かに目を瞑る。
刹那。
吹き付ける嵐のようにギルティアから放たれていた厳かな気配が幾ばくか和らぎ、テミスの背後から押し殺したような安堵の息があがった。
「……では改めて、自己紹介といこうか。俺はギルティア・ブラド・レクトール。巷では魔王と呼ばれている」
「っ……!! ……ロンヴァルディア代表。白翼騎士団団長のフリーディアと申します」
「同団員……! カルヴァスであります!」
「……レオンだ」
「っと……俺? 黒銀騎団で分隊長やってます、ヴァイセって言います、よろしくお願いしま~す」
「えっと……あ、アリーシャです!」
ギルティアが名乗りを上げた後、フリーディアが足音を響かせながら一歩前へと出てそれに応ずると、肩を並べていた者達が次々に名乗りを上げていく。
そんな面々を、ギルティアは興味深そうに一人づつじっくりと眺めた後、最後にアリーシャが名乗った時に僅かに微笑みを零して言葉を続ける。
「結構。はるばるこのヴァルミンツヘイムまでの旅、ご苦労だった。今回、四都市平和記念交流闘技大会を執り行うに当たり、まずは我が招待を受けてくれた事を感謝する」
「…………」
「各々部屋はこちらで用意してある。こちらに逗留する間、自由に使ってくれて構わない。だが、諸君はあくまでも客人。立ち入りを許可できない区画も有る為、部屋に用意した地図の確認を怠らないようにしてくれ。……ひとまずは、以上か。諸々の事柄は追って伝えるとしよう。……ルギウス」
テミスを含めた一行を見渡しながら、ギルティアは胸を張って口上を述べると、小さく息を吐いた。
その僅かな時間に、テミスはギルティアが何処か楽し気な笑みを浮かべて自らへと視線を送ったのを見逃さず、ピクリと眉を跳ねさせる。
こういう時、コイツは必ず何かを仕掛けてくる……。
そう直感したテミスが密かに身構えるも、ギルティアは朗々と一通りの説明を告げただけで口を噤むと、一拍置いてから案内役であるルギウスの名を呼んだ。
「はい……。では皆様、こちらへどうぞ。少し歩きますので、はぐれないように付いてきてください」
それに応じたルギウスが静かな声と共に前へ進み出ると、左へ続く廊下を示して歩き始める。
フリーディア達は、各々に静かに微笑んで見送るギルティアへ礼を返しながら、先を行くルギウスの背を追った。
そして、最後にテミスがそれに続くべく身を翻した時だった。
「テミス。どうせ空き部屋だ。お前の好きにすると良い」
「……? あぁ……せいぜい有難く借りるとするさ」
クスクスと喉を鳴らしたギルティアが、テミスの背に一言投げかけた。
しかし、その声にテミスが振り返った頃には、ギルティアもまた身を翻して魔王城の奥へと歩き始めており、テミスはただ小さく首を傾げて言葉を返す事しかできなかったのだった。




