1482話 観光! 魔王城
コッ……コッ……コッ……と。
薄暗い魔王城の中に、招かれた客人たちの足音が木霊する。
その先導を務めるのは、案内役であり軍団長でもあるルギウスのみで。
後に続く者達は、ただ一人テミスを覗いて皆、物珍し気に周囲を見渡しながらその背に追従していた。
入り口の巨大なホールを抜けた先。
かつてテミスが、リョースたち三人の軍団長と死闘を繰り広げた部屋へと差し掛かった時だった。
「……それではお客人方、しばらくの間こちらでお待ちを」
ルギウスは部屋の中ほどで足を止めるとテミス達の方を振り返り、形式ばった口調で言葉を紡ぐ。
それは彼が今、魔王軍の第五軍団長としての責務を果たしている何よりの証でもあった。
そしてルギウスはテミス達の返事を待つことなく身を翻すと、城の奥へと続く真正面の廊下へと歩み去っていった。
尤も、口調こそ厳かであっても、クスリと涼し気な笑みを口元に湛えたまま、ウインクなんかを残して行っているものだから、緊張感など欠片も無い訳なのだが。
「フン……ここが魔王城か。もっと悪趣味なものかと思ったが……」
「そうですね……。私も初めて足を踏み入れましたが、何と言うかその……言い知れぬ気品が漂っている気がします」
「はぇ~……んでもなんか、この辺新しい……?」
「ククッ……お前達。観光ついでに一つ、良い事を教えてやろう」
松明の光が灯された薄暗い部屋の中をカルヴァスとレオン、そしてヴァイセが各々に感想を漏らしながら興味深げに眺めまわしていると、肩を竦めたテミスがクスリと笑みを浮かべておもむろに口を開く。
「この場所はかつて、私が魔王城に殴り込んだ時に、リョースとドロシー、そしてアンドレアルがここで迎え撃ったんだ。そしてヴァイセ。お前が見ている辺りは、十三軍団が魔王軍を出奔した際に、月光斬でブチ抜いた跡だな」
「なっ……!?」
「っ……!!」
「ぅぇっ……!? 触っちゃまずかったスかね……?」
「はぁっ……!? テミス貴女なにとんでもない事言ってるのッ!?」
その言葉に、まずはカルヴァスとレオンが息を呑み、同時にペタペタと壁を触っていたヴァイセがビクリと手を引っ込める。
それに一拍遅れて、フリーディアが素早く周囲へと視線を走らせながら声を上げた。
尤も、テミスの副官であるサキュドはクスクスと笑いを浮かべ、アリーシャはまじまじと松明の灯りや部屋の隅を眺めているだけで、驚きを露わにする事は無かった。
「とんでもない事? ただの観光案内だよ。私は真正面から殴り込んだから、今通った道をそのままここまで来たが、恐らくこの部屋はどこからは言っても一度は通過せざるを得ない集積点だと私は睨んでいる」
「確かに……守りを固める事を念頭に置くのならば理に適っている」
「つまりこの先こそが、本当の魔王城って訳ですかぁ……」
一方で、フリーディアを除く三人はテミスの解説に得心したかのように頷き、再び興味をそそられたのか部屋の中へと視線を彷徨わせ始める。
しかし、何故か怒りの声を上げたフリーディアだけは異なる感想を抱いたらしく、後方を除く三方に存在する通路全てに、警戒するかのような視線を向けた後、テミスの腕を捕まえて押し殺した声で叫びを上げた。
「テミス!! ここは魔王城なのよ!? お願いだからその真ん中で、彼等の気に障るような事を言い放つのはやめて!! あなた達だけなら兎も角、ここには私達やアリーシャさんだって居るのよ!?」
「ハン……気にし過ぎだ。たとえ気に障ったとて今の我々はギルティアの客だ。襲い掛かってくる事なぞ万に一つもあり得んよ」
「だとしてもよ!!! そもそもそのギル……ッ~~~!! 魔王の気に障ったらどうするの!!」
「ギルティアの? ハハハッ!! 無い無い。それこそあり得んよ。ありもしない事を吹聴するならば兎も角、ただ事実をそのまま伝えたところで、奴が機嫌を損ねる訳があるか」
どうやら、フリーディアはここに至ってなお相手方の顔色を気にしていたらしく、今にも胃に穴が開きそうだと言わんばかりに引き攣った表情でテミスへ言葉を重ねた。
けれど、少なからずギルティアを知るテミスとしては、その心配は酷く的外れなもので。
高らかな笑い声と共にフリーディアの不安を一笑に伏す。
その時だった。
「フフフ、相も変わらずお前の周りは賑やかだな? テミス」
ルギウスが姿を消した正面の廊下から、微かにコツリ、コツリと幾つかの足音が聞こえ始めると、その奥から不敵なギルティアの声がテミス達の元まで響いてきたのだった。




