1481話 来訪・魔王城
最初の野営から二日。
テミスたちの旅は波乱一つ起こる事なく順調に進み、ヴァルミンツヘイムへと辿り着いていた。
尤も、駆け込めば昨日の夕刻に到着する事も出来たのだが、魔王城の戸を夕暮れ時に叩く訳にも行かず、日を改めての到着としたのだ。
「わぁ~っ!! ここが……ヴァルミンツヘイム……。凄いッ! 凄いよテミス! 想像してたよりもずっと立派ッ!!」
「フフ……だろう? 私も初めてこの町を目にした時はとても驚いたものだ」
ゆっくりと速度を落として町の中を進む馬車の中で、アリーシャは窓の外を流れる街並みを眺めながら、瞳を輝かせて歓声をあげていた。
そんなアリーシャに、テミスは微笑みながら声を掛けると、胸の中でひとりごちる。
この町を最初に訪れた時は、ただ一心に魔王城を目指していただけで町を見て回る余裕など無かった。
だが、こうして改めて眺めてみると、ファントとは違った賑わいのあるのが見て取れた。
「ね、ね!! 今の見たッ!? 鳥系統肉専門店だって!! ファントではみんなお肉屋さんで売っているけれど、お肉ごとにお店が決まっているんだね!!」
「フム……? いや、今のは恐らくそう言った高級店の類だろう。今進んでいるのは城下の目抜き通りだからな、高級志向の店が多いんだ」
「へぇ~っ! って事は、普通にファントみたいなお肉屋さんもあるの?」
「そりゃ……あるんじゃないか? いかにヴァルミンツヘイムとはいえ、ヒトが住んでいることに変わりはない。どこもかしこも高級店ばかりでは生き辛いだろう」
「あははっ……! そうかも!」
はしゃぎながら告げられたアリーシャの問いに答えるため、テミスは彼女の肩越しにヴァルミンツヘイムの街並みを眺めると、少し考えてから肩を竦めて言葉を返す。
テミスとて、この町をじっくりと見て回った記憶はない。
故に、一般的な見地からの想像とギルファーなどの他の国を見て回った経験を以て答えるしか無いのだが。
「あぁ……何故か懐かしさを感じると思ったら……そうか……」
テミス達の車列が魔王城の前まで辿り着いた時、テミスは己が胸をくすぐる妙な感情の正体を理解して呟きを漏らす。
そうだ。この大通りは、かつて私が初めて魔王城へ訪れた時に、初めてサキュドとマグヌスを伴って出撃したあの通りで。
最後に私が魔王城を訪れた時、タラウードの怒声を背に受けながら駆け抜けた路だ。
「テミス? どうかしたの?」
「……いいや。少し……思い出していただけさ」
そんなテミスの様子に気が付いたのか、それまでずっと窓の外に視線をくぎ付けにしていたアリーシャが振り返って首を傾げる。
正直な事を言えば、過去にこの道を通った時はいつも、何かに追われている時だった。
つまり、もしかしたら今回の帰り道も何かがあるのでは……? そんな邪推をしてしまっていたのだが……。
今回はアリーシャも一緒なのだ。きっとそんな事にはならないし、させはしない。
テミスはそう自らへと言い聞かせるかのように胸の中で呟くと、ただ微笑んで一言アリーシャへと言葉を返した。
その時だった。
ドンドンドン! と馬車の戸が外側から叩かれ、厳かな声が響いてくる。
「入城点検だ。速やかに馬車を降り……っ……て……」
「ほぅ……? そんな事をしていたのか。知らなかったな。さ、アリーシャ。一度降りよう」
「う……うん……!」
「っ……!!!」
扉は叩かれたほぼ直後にガチャリと音を立てて荒々しく開かれ、魔王城を護る衛兵が厳しい表情でテミス達を睨み付けた。
だが、その目はテミスを捉えると同時に大きく見開かれ、紡がれていた言葉が途中で止まる。
しかし、テミスは特に気にした素振りを見せないまま衛兵の言葉に従うと、アリーシャを先に行かせてから、自らも後に続いて衛兵の傍らをすり抜けた。
「クス……衛兵も大変だな。この程度で怯えるのならば、中身の見えない箱は確認してからつつくんだな」
その際、テミスは凍り付いたように立ち竦む衛兵の耳元でボソリと囁いてやると、衛兵はビクリと大きく肩を震わせて、コクコクと声も無く頷いてみせた。
尤も、恐らくは魔王城の衛兵である彼等の正規業務であるコレも、一度は強引に突破し、その後は軍団長として点検をパスして通過していた身としては初めての体験で、こうして眺めているのも悪くは無いと思える。
けれど、各部を点検している衛兵たちは気が気でないようで、業務の傍らで時折こちらへとチラチラ視線を向けては、怯えたように目を逸らしていた。
「フッ……やれやれ……。アリーシャ、今目の前にあるのが……って……ハハ……」
そんな衛兵たちに苦笑を零したテミスは、せめてもの慰みにアリーシャに魔王城の紹介でもしてやろうと後ろを振り返るが、どうやらその必要はないらしく。
馬車から少し離れた位置で立ち尽くしたアリーシャは、キラキラと目を輝かせて、目の前に鎮座している魔王城を見上げていたのだった。




