1480話 友の激励
夜の野営というものは、何度体験しても面白いものだ。
場所によって奏でられる虫の音は異なるし、踏みしめる下草の感触も、地面の固さも違う。
そのまま寝転がってしまいたいほどフカフカな草原は当たりだし、後の掃除を思い浮かべてうんざりするほどぬかるんでいた泥沼は大外れだった。
それらの経験を踏まえて言えば、この湿地帯はどちらかといえば当たりの部類に入るのだろう。
まず、湿地帯であるにも関わらず、足元に密集している短い下草のお陰でぬかるみを感じず、野営の道具もせいぜい被害が出ると言っても濡れる程度だ。
加えて、隣接する沼の水質は煮沸すれば飲用に回せるほど良く、備蓄を消費せずとも良いほどなのも点数が高い。
「まぁ……その分立地は少しばかり不向きではあるがな……」
テミスはそんな事を考えながら、野営地の中を一通りぐるりと歩き回ると、チラリと街道の方へ視線を向けてひとりごちる。
奥に湿地と沼、手前に街道を備えたこの場所では、万が一野盗などに襲われた際の逃げ道が無く、環境は素晴らしくはあるものの商隊の野営地には不向きだった。
今回の場合、こちらは襲えるものならば襲ってみるが良い……とでも言わんばかりの戦力と権威を持ち合わせているため、何の憂いも無くこの場所で夜を明かしているが、普通の者達がここで夜を明かす事になった暁には、震えながら一夜を過ごす羽目になるだろう。
つまりは、この場所は最早我々専用の野営地と言っても過言ではない訳で。
「フッ……我ながら少し、子供じみているか……?」
テミスは、何か目印となる証でもそこいらの木に彫ってやるか、と思い立って刀を抜いた所で、クスリと頬を歪めて動きを止めた。
どうやら私自身、久々の野営の所為か、はたまたアリーシャとはじめての旅であるせいか、気分が舞い上がっているらしい。
そもそも、木に証を彫るといった所で何を彫るのだ。
ここは魔王軍の領内。まかり間違っても黒銀騎団の記章など彫る訳にはいかんし、かといってテミス参上!! などと馬鹿げた文言を刻む気も無い。
……ならば日付と、ここで野営をした面々を……三都市連合旅団とでも刻むのはどうだろうか?
そうすれば次第にこの場所で野営をした者達が名前を彫って、一種の名物のようになるやも……。いや何を考えているんだ私は。
「やあテミス。夜の散歩かい? おっと……鍛練かな?」
そこまで考えを巡らせたテミスが、明後日の方向へ向けて暴走を始めた思考を振り払うかのように頭を振った時だった。
背後の闇から姿を現したルギウスが朗らかな声と共にテミスへと歩み寄り、手にした刀に目を留めると同時にピタリと足を止める。
「ルギウスか。いや……鍛練という程のものではない。気にしないでくれ」
「そうか……良かった。邪魔をしてしまったのかと思ったよ」
そんなルギウスに、テミスはクスリと小さく笑みを浮かべて答えを返すと、抜き放っていた刀を軽快な音と共に鞘へと納めた。
一方でルギウスは、テミスが刀を納めたのを確認してから再び歩を進めると、柔らかな笑みを浮かべて肩を並べる。
「問題無い。それで……? 何かあったか?」
「いや……さっき、君がこちらに歩いていくのが見えたからね。今は自由時間だけど、もうすぐ就寝予定時刻だ。案内人として、夜遊びは咎めないと……と思ってね」
「ハッ……遊び歩こうにも店も何も無いだろうに。心配せずとも、予定時刻には戻るさ」
「ふふ……僕の取り越し苦労なら良かった。ところでテミス、ずっと気になっていたのだけれど、珍しい武器を提げているね? もしかして、キミ……大会にはそれで出場する気かい?」
「クス……敵情偵察か? お前はいつから魔王軍の案内人から諜報役へと成り代わったんだ?」
「とんでもない。ただの心配だよ。見たところ、大剣よりまだ使い慣れていないようだからね……。それで大会に挑むつもりなのかと気になったんだ」
「っ……! そう……か……。お前の目から見ても、そう見えるか……」
二人はそのまま夜空を眺めながら言葉を交わすと、話は次第にテミスが腰に佩びている刀へと移っていき、やんわりと告げられたルギウスの忠告にテミスは唇の端を噛んで口ごもった。
「そうだね。その武器……大剣と比べて取り回しは良さそうだけれど、随分と扱いが難しそうだ。僕も詳しい事は聞かされていないけれど、今回の催しは魔王様も気合が入っているらしい、友人として……万全の装備で挑む事をお勧めするよ」
「フッ……忠告感謝する。だが安心してくれ、今回の交流大会で手を抜くつもりなど毛頭ない。お前には悪いが、全力で楽しませて貰うさ」
「ははっ……! それは良かった。僕は立場上は魔王軍の側に立たなければならないけれど、本心ではキミを応援しているからね。良い戦いを期待しているよ」
「そいつはどうも。そう言われてしまっては張り切らざるを得ん。せいぜい流れ弾に気を付けておくんだな」
穏やかに笑うルギウスの言葉に、テミスが皮肉気な笑みを浮かべて不敵に言葉を返す。
すると二人は数秒言葉を止めて視線を合わせた後、揃って笑い声をあげ始めたのだった。




