1478話 隣の不和
「んん……? 妙だな?」
野営陣の片隅、フリーディア達が焚き火を囲っている場所へと近付くにつれ、テミスは違和感を覚えて片眉を吊り上げた。
遠目から見れば、語らいに花が咲いているように見えた一団も、こうして近付いてみるとその様相を変え、フリーディアとカルヴァスがただひたすらにレオンへと水を向け続けているように見える。
「よぉ、フリーディア。楽しそうだな?」
「っ……!!」
「テミス……! ……何か用かしら? 偵察のつもりなら無駄よ?」
「ククッ……らしいな。だが安心しろ、そんな気は無い。そんな事よりもフリーディア、お前に少し頼みがあってな」
「……? 何よ、珍しい」
テミスがそんなフリーディア一行の傍らまで歩み寄って声をかけると、椅子代わりの倒木に腰を掛けていたレオンが静かに目を開き、同時にフリーディアが前へと進み出て皮肉と共に出迎えた。
しかし、テミスはフリーディアの軽口を一笑に伏して流すと、飾らない口調で言葉を続けた。
それは普段から皮肉を叩き合っているフリーディアにとって、目を丸くするほど意外な事だったらしく、すんなりと聞く体制を取る。
「っ……あ~……洗い場がな、その……少しばかり暗いみたいなんだ」
「はっ……? えぇと……? それは……そうでしょうね?」
「あぁ。だから私から見ても少々心配でな。付き……ではなく、お前の手を貸してやって欲しい」
「んん……? あぁ……そういう事ね。わかったわ。頼まれてあげる。今からで良いの?」
だが、いざ話す段階に至って気が付く。
ここにはフリーディアの他に、当然カルヴァスとレオンも居る。
事ここに至って、今更場所を変えようとフリーディアを連れ出せば、仮にも闘技大会の前という時期だ、余計な邪推を生んでしまいかねない。
かといって、ここで大っぴらにアリーシャの事を気にかけている姿を見せてしまえば、この二人に弱点をさらけ出してしまう事になる。尤もレオンもカルヴァスもよくマーサの店には食事に来ているから、それは既に周知の事実ではあるのだろうが……。
だからこそ、努めて婉曲に、胸の中で察しろと、感付けとフリーディアへ叫びながら、テミスは言葉を選んで頼みごとを語っていく。
すると。最初は怪訝な表情を浮かべていたフリーディアも、途中で意図を察したのか、大きく頷いてからクスリと柔らかな笑みを浮かべて立ち上がった。
「すまない。助かる」
「一つ貸しよ? ……っとちょうど良いわ。食べ終わってるみたいだから、あなた達の食器もついでに持って行っちゃうわね」
「フ……フリーディア様! そのような事をなさらずとも私が……!!」
「良いから。じゃ、行って来るわね」
そのまま、フリーディアは流れるような動きでカルヴァスとレオンの前に置かれていた開いた器を手に取ると、咄嗟に立ち上がって制止したカルヴァスを振り切って野営地の奥へと走っていてしまう。
残されたのは、無表情で焚き火の前に座り続けるレオンと、中程まで腰を浮かせてフリーディアが去っていった方へと手を伸ばすカルヴァス、そしてのんびりと背筋を伸ばしているテミスだけだった。
無論。三者の間で会話が起こるはずも無く。
異様なほど気まずい沈黙が漂う中を、焚き火の爆ぜるパチパチという音だけが楽し気に音を立てていた。
「…………。フッ……やれやれ。では早速、借りを返しておくとするか……」
そんな、とてもこれから共に背を預けて戦う者達が醸し出すとは思えない雰囲気に、テミスはおおよその状況に察しをつけると、肩を竦めて微笑みながら口の中で小さくそう呟きを漏らした。
フリーディア達ロンヴァルディアの勢力から出陣するのは、恐らくはレオンとカルヴァスとフリーディア……つまりはここに居た三人だろう。
だが、先程の状況を鑑みるに、話し合いだとか戦略のすり合わせだとかいった、詳しい打ち合わせができていないように見える。
その原因は恐らく……。
「こうしてしっかりと話すのは久しいなレオン。時折街で見かける事はあったが……最近はどうだ?」
「……フン。気遣いのつもりか? 必要無い。」
「ククッ……何をそんなに腐っている? 私から声が掛からなかったのがそんなに不満なのか?」
「違うッ!!! ッ……!! 寧ろ、またお前と戦えるのならば望むところだ。だが……」
沈黙の中で、テミスはおおかたの斬り込み方を定めると、仏教面のまま焚き火を睨み続けるレオンの隣にドカリと腰を下ろして、努めて無遠慮に口火を切った。
しかし、返って来たのは全てお見通しだと言わんばかりの冷たい声色で。
けれど、テミスが揶揄うように言葉を重ねた時、レオンは一瞬だけ言葉を荒げて立ち上がり、チラリと視線をカルヴァスへと向けた。
「っぁ……ハハ……」
「チッ……。心配せずとも仕事はする。放っておいてくれ」
レオンの視線を受けたカルヴァスは、ただ薄い笑みを浮かべただけで、何の言葉を返す事も無かった。
それが更に癪に障ったのか、レオンは小さく舌打ちをすると再び倒れた木へと腰を下ろし、拗ねたように短く言葉を返す。
彼等の間に横たわる根本的な問題。それは大きすぎる戦力差だろう。
確かに、フリーディアやレオンと比べて、戦力として見た時のカルヴァスは弱い。
二人のように月光斬に応ずる術も持たないだろうし、これから相対するであろう相手を鑑みれば力不足にも思える。
だが。人の力量とはそう単純なものではない。
「ンクク……そうだろうな。だが、それでは足りんのだよ」
テミスは突き放すようなレオンの言葉に不敵に喉を鳴らすと、不意にカチリ……と、腰に提げていた刀の鯉口を切ったのだった。




