1473話 双翼の好敵手
賑やかな夕食のあと、終始上機嫌なアリーシャが後片付けを引き受けてくれたお陰で時間の空いたテミスは、フリーディアを伴って夜の町へと足を延ばしていた。
尤も、特にどこか目的地となる場所がある訳ではなく、テミスの目的は別の所にあったのだが。
「……良かったわね。テミス。アリーシャさんが見に来てくれることになって」
「フ……どうだろうな? 元よりそんなつもりは毛頭無いが……これで無様を晒す事は、よりできなくなったのは間違い無いな」
「そうよ? ちゃんとした形で貴女の戦いぶりを見せるのは初めてなのでしょう? 少しくらい安心させてあげなさいな」
「無茶な注文を付けてくれる。雑兵相手ならば兎も角、各勢力を代表して出てくるような連中だぞ? 余裕のある戦いなどできるものか」
「それもそうね。でも、油断していないみたいで安心したわ」
「フン……」
涼やかな夜の空気を肩で切って歩きながら、テミスとフリーディアは穏やかな表情で言葉を交わす。
しかし、淀むことなく続いていた会話は突然終わりを向かえ、二人の間に何処か気まずい雰囲気が鎌首をもたげ始める。
それは二人を、ただの戦友から同じ指揮官としての盟友へと引き戻した。
故に、テミスは己が胸を切り替えるかの如く静かに、そしてゆっくりとまばたきをしてから口を開く。
「それで……どうするんだ? 決めたのか?」
「……正直、迷っているわ。確かに貴女の言う通り、私達白翼騎士団ではこの大会を戦い抜ける程の力は無い。けれど、彼等と相対してきた者として。ありのままの私達で戦うのが責務なのではないか……。今はそう思っているわ」
「責務……ねぇ……。ったく……相変わらずお前は頭が固いな。愚直というか、馬鹿正直というか……」
「なっ……!? 貴女ねぇ!! 人が真剣に思い悩んでいるというのに、そんな心無い言い方はないと思うわッ……!!」
だが、その問いに対して紡がれた答えに、テミスは小さなため息と共に苦笑いを浮かべると、内心の呆れを表すかのように、フリーディアへ向けて大袈裟なほどに肩を竦めてみせた。
然してその意図は正しく伝わったらしく、フリーディアは儚くも悩まし気な表情を一転させ、怒りで頬を紅潮させて抗議の声をあげる。
「ハッ……馬鹿に馬鹿と言って何が悪い。この石頭。お前はそもそも、この闘技大会が何と銘打たれていたかを忘れたのか? それとも、あの不遜に足が生えて生きているかのようなギルティアが、たかだかお前達人間を貶め、辱め、魔族共の溜飲を下げる為だけにこんな回りくどい手を使うとでも?」
「っ……!!!」
「物事の裏側を汲み取り、真意を見抜こうとするお前の姿勢は、確かに人々の行く末を担う者としては正しいのだろう。だがな、奴を相手に自らの尺度だけで結論を出すのは早計だぞ?」
「まさかそんな……でもっ……!! っ……本気で……本当に、交流の為だけに……?」
ぶらぶらと当てどなく歩む足を止め、テミスは怒るフリーディアを嗤いながら言葉を紡ぎ、問いを叩き付けた。
それは紛れもないテミスの本心であり、幾度となく魔王ギルティアと語らい、相対したからこその言葉だった。
フリーディアも、テミスの言葉を素直に受け入れると、驚きに目を見開きながら鋭く息を呑む。
「ヤタロウ然り、ああいった連中の考えは意外と単純なものさ。少なくとも、小賢しい嫌がらせの類には無縁だろうよ」
尤も……。と。
そんなフリーディアに、テミスはクスリと笑みを浮かべながらそう言葉を重ねると、胸の内で密かにひとりごちる。
交流がギルティアの第一目標なのは間違いないだろうが、たとえフリーディアが意趣返しだと受け入れたとしても、未だに人間達に恨みを持つ魔族連中のガス抜きに使う算段なのだろう。
どちらに転んだとて、ギルティアには欠片ほどの損もない、嫌味なほど周到に練られた施策と言える。
ならば、せいぜいファントが損を被らない選択をするだけだ。
テミスは胸の内で思い浮かべたギルティアへそう宣言すると、未だに悩み続けるフリーディアの背を押すように言葉を添えた。
「フリーディア。お前は折角の祭りに水を差す気か? 奴等とて、敵役と定めたお前達が為されるがままに敗北を喫しては拍子抜けだろう。それに、レオン達とてこの町に身を寄せる人間であることに変わりはない。仲間外れは可哀想じゃないか」
「そう……そうね……。うん、決めたわ」
「フッ……漸くか。ならばレオンには要請を出しておこう。あとは……予定通り黒銀騎団からヴァイセを貸してやるから――」
「――いいえ。貴女の手を煩わせる気は無いわ。テミス。私は貴女の対戦相手でもあるのよ? ここまで助けて貰っておいてこんな事を言うのは何だけれど、自分でできる事は自分でやるわ。そして……」
「クス……。あぁ……そうだったな」
そして遂に、フリーディアが小さく頷いて口を開くと、テミスはいつも通り胸の内で温めておいた方策を並べ立てる。
しかし、フリーディアはテミスの言葉を遮って声を上げると、自身に満ち溢れた瞳でテミスを見つめて、意味深に口を噤む。
けれどテミスには、皆まで言わずともフリーディアの言葉の続きが聞こえて来るかのようで。
「かつて戦場で相まみえた時のように、全力で叩き伏せてやるから覚悟しておけ」
「っ……! 私は確かに、ロンヴァルディアに属する騎士よ。けれど、貴女と交わした誓いは違えない。たとえ立場は違っても、融和を願うこの心は共に在るわ。忘れないで」
「…………。あぁ……」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべて言い放ったテミスに、フリーディアはピクリと眉を跳ねさせて言葉を返した。
そんなフリーディアに、テミスが短い沈黙の後むっつりと言葉を返すと、二人はどちらからともなく腕を上げ、コツリと静かに拳を合わせたのだった。




