1471話 高潔なる翼
テミスが四都市平和記念交流闘技大会の報せを受けた翌日。
黒銀騎団の執務室では、怒りに顔を歪めたフリーディアが、テミスを睨み付けて仁王立ちしていた。
理由は言わずもがな、闘技大会の件で。
フリーディアに断りなく封書を開封していたことに加えて、テミスの出した提案が、更に怒りの炎へ油を注ぐ結果となったのだ。
「テミス貴女……勝手に人の手紙を開けただけじゃなくて……。よくもそんな事を言えたわねッ!!」
「純然たる事実を述べたまでだ。手紙の件に関しても、中身を検める権利は軍規によってしっかりと定められている」
「っ……!!! 手紙の事は良いわよ!! 腹は立つけれど理解はできるわ! 私が許せないのはそっちじゃない!!」
「……仕方があるまい。事実だ。出場するのは各勢力から指揮官を含めて三人。お前は兎も角として、出て来るであろう連中を考えれば、今の白翼騎士団に太刀打ちできる奴は一人も居ないだろう」
「そんなの!! やってみなきゃわからないわッ!! 皆、この町に来てからも鍛練は怠っていないものッ!! 対戦相手でもある貴女に助っ人を使えだなんて言われる筋合いは無い!!」
淡々と言葉を返すテミスに、フリーディアは鼻息荒く詰め寄りながら叫びを上げると、それでも収まり切らぬ怒りを表すかの如く、バシバシとテミスの執務机を叩く。
大会の通知と共にテミスはフリーディアへ、彼女の配下としてレオンたちを加えて参加しろと提案したのだ。
理由はただ一つ、白翼騎士団の騎士達ではどうあがいた所で力不足なのだ。
元来、人間は種族としての不利を人数の差と綿密な連携で補ってきた。
それは精強を誇る白翼騎士団とて同じで。
相手と全くの同数である三人ぽっちの戦闘では、彼女たちの長所を生かす事はできず、無様に敗北を喫する事しかできないだろう。
だが、それでは困るのだ。
白翼騎士団は今や、名実共にファント守護の一翼を担っているといっても過言ではない。
そんな部隊が、交流の為の興業戦とはいえ無様極まる敗北を喫すれば、この町を侮った連中が良からぬことを企むのは目に見えている。
「だったら、お前の旗下のカルヴァスやミュルクが、軍団長クラスの連中を相手に一対一で勝てると言い切れるか? この大会はギルティアの奴が主催だ。ならば万に一つも負けぬよう、少なくとも軍団長を一人……リョースやルギウス辺りを出してくるはずだ」
「っ……!! それ……は……っ……!!」
勝てるわけがない。
そう知りながらテミスは敢えて厳しい問いを投げかけると、フリーディアは即座に反論すべく口を開くが言葉が続かず、数度パクパクと唇を動かしただけで黙り込んでしまう。
しかし、それも当たり前の話だ。
魔王軍の軍団長を務める者は皆、他者を隔絶した戦闘能力を持っている。
テミスと対等以上に渡り合うことの出来るフリーディアであれば、一握り程度であれば勝機をもぎ取る事ができるかもしれないが、他の者達では十把一絡げ……巨大な象を前にすれば、プロの格闘家であろうと一般人であろうと相手にすらならないのと同じで。
一薙ぎで容易く敗北を喫するのは火を見るよりも明らかだ。
「ギルファーにしてもそうだ。最低でも、シズクかヤヤ程度の奴が出てくるはず……最悪を想定するならば、猫宮夫妻だが……」
「猫宮夫妻って、前にテミスが言っていたあの……?」
「あぁ。私ですら戦えば負ける……などと弱気な事を宣うつもりは無いが……勝てたとしても紙一重……本気でやり合えば、どちらかが間違いなく命を落とすのは間違いないだろう」
「っ……」
手合わせとはいえ、一度剣を交えたテミスが真面目な表情を浮かべてそう応えると、フリーディアは緊張した面持ちでゴクリと生唾を飲み下した。
交流と名目が打たれているとはいえ、各勢力の威信をかけた戦いだ。まず間違いなく生半な連中が出てくる公算は低い。
つまり元より、数を以て不利を補い、綿密な連携を用いて強きを倒すフリーディア達ロンヴァルディアには、このルール自体が不利を強いているのだ。
「悪い事は言わない。最悪、こちらからヴァイセを出しても構わない。馬鹿正直に白翼騎士団単独で挑むのは止せ。我々とて、小隊長たちを以てしても、正直に言えば軍団長クラスの連中が相手ではかなり分が悪い。今回の一件、下手を打って舐められれば国が傾くぞッ!!」
テミスは偽りの無い助言としてフリーディアに言葉を重ねると、半ば祈るような気持ちで彼女が事実を受け入れてくれることを願った。
フリーディア達ロンヴァルディアの勢力が侮られれば、例え停戦下といえど荒くれ連中はこぞって彼等の領地へ赴くだろう。
そうなれば、魔王領とロンヴァルディアの間に佇むファントが荒れるのは必至。
最悪の場合再び戦争が始まってしまう可能性まである。
せめて、あの化け物じみた強さを誇るフリーディアの師……クラウスを招聘する事ができれば、並み居る猛者たちを相手に対等以上に戦う事ができるのだろうが……。
「……テミスが本気で心配してくれているのは理解したわ。でも……ごめんなさい。少しだけ考えさせて欲しい。これがただの意地だっていうのはわかっている……。それでも、皆は私の大切な仲間なの。たとえ貴女の言う通りだとしても、彼等の誇りを穢すような真似だけはしたくないわ」
「フリーディア……」
しかし、そんなテミスにフリーディアは静かにそう告げて身を翻すと、軽い足音を響かせて執務室から去っていった。
その背中には、白翼騎士団の団長としての責務と途方もない覚悟がまろび見えて。
テミスはただ、フリーディアの立ち去った後の執務室で、ぽつりと彼女の名を呼ぶ事しかできなかったのだった。




