1470話 魔王の誘い
「フゥム……? ギルティアの奴、まぁた妙な事を……」
四都市平和記念交流闘技大会。
サキュドのもたらした手紙には、精緻な文字でそう銘打たれた招待状が入れられていた。
曰く、魔王軍とロンヴァルディア間の停戦及び、融和都市ファントの独立、そしてファントとギルファーの友好を祝い、それぞれに武芸を競い合うイベントを開催しようという腹積もりらしい。
その開催場所は、驚くべき事に魔王領が心臓部であるヴァルミンツヘイムで。
停戦したとはいえ、いまだロンヴァルディアの者達は魔族への憎しみを抱えているだろうし、魔王領に住まう魔族たちもそれは同じ事だろう。
そんな豪胆極まるとも言えるギルティアの誘いに、さしものテミスも驚きを隠しきる事ができず、報せを持つ手に力が籠った。
「ン……? と言うかサキュド。お前何故、この手紙の内容を知っている? お前まさかとは思うが……」
内容を読み進めていくうちに、テミスはふと違和感に気が付くと、食い入るように見つめていた手紙から視線をあげて、目の前で楽し気な笑みを浮かべるサキュドを睨み付ける。
この手紙を差し出した時、サキュドは確かに朗報だと言った。
それは、この手紙の内容を知らなくては決して口にできない筈で。
しかし、手紙の封にはギルティア率いる魔王軍第一軍団の記章がしっかりと蝋付けされていたはずだ。
まさか、優秀な副官であるサキュドが、わざわざ偽造を施すなどという手間をかけてまで、手紙の中身を盗み見るような真似はしないだろうし、悪戯にしても手が込み過ぎている。
ならば何故……。
自らの口から零れ出た問いをテミスは自身の胸中で否定しながら、次々と湧き出ては消えていく幾つもの可能性に顔を顰めた。
だが……。
「イヤですよ。テミス様。封書をよぉく見て下さいな。ソレはテミス様宛てのもの。そしてもう一通、こちらにも……」
「っ……! ハァ……やれやれ……だ。お前の機転……いや、悪知恵にはいつも驚かされる」
まるで悪戯が成功した子供のように、サキュドはクスクスと楽しそうに笑いを零すと、懐の内からもう一通、封の開いた手紙を取り出してテミスへと差し出した。
そこに記されていたのは、わざわざ白翼騎士団の団長という肩書まで添えられたフリーディアの名で。
つまるところ、ギルティアとしてはロンヴァルディア本国へこのような手紙を送った所で、然るべき所へ届かないと踏んだのだろう。
故に、まだロンヴァルディア本国に比べれば、本人に手紙が届き得る、このファントに居るフリーディアを選んだのだ。
それは言外に、今回の大会においてフリーディアたち白翼騎士団の面々をファントの陣営に加える事は認めないと告げているも同義だった。
「確かに、私の副官であるお前には、直属の上官である私宛以外へ宛てられた文書は、その権限を以て開封し、中身を検める事が赦されている。だがそれは、形骸化して久しい十三軍団時代の軍律だ。加えて相手はフリーディアだぞ? 絶対に面倒事になるとは思わなかったのか?」
「お言葉ですがテミス様。魔王軍の長であるギルティア様から、直接あの女に宛てた手紙なんて見逃せるはずがありません。直接あの女に届ける前に確認し、然らばテミス様にご報告をする。副官として当然の責務です」
「ン……むぅ……。確かに間違っては……いないが……」
眉根に深い皺を寄せて苦言を呈するテミスに、サキュドは凛と胸を張ると、何処か得意気な微笑みすら浮かべて答えてみせた。
その主張に非の打ちどころは無く、寧ろ副官として役割を全うしていると言えるだろう。
しかし、眼前で幼女が如き薄い胸を張っているサキュドの内心を知っているテミスとしては、これから起こるであろうフリーディアとのひと悶着も含めて、諸手をあげてほめちぎる気分にはとてもなれなかった。
「……まぁいい。副官の権限の内だ。手紙の開封に関する事は不問としよう。この手紙は、私の方からフリーディアの奴へ渡しておく」
「承知しました。それで……いかがされるのですか? アタシとしては、このまま悪巧みを続けるのも一興かと存じますが」
「さて……どうしたものかな……」
ギルティアから宛てられた手紙の内容を知っているからだろうか。
サキュドはキラキラと目を輝かせながら、上目遣いにテミスを見上げて問いかける。
もう一人の副官であるマグヌスが戦えない今、サキュドはファントの要する戦力の中で最強格だと言える。
つまり、サキュドとしてはどちらに転んだとしても、戦いが待っている事に違いは無く、まさに我が世の春が来た……とでも叫びたい気分なのだろう。
一方で、テミスは突如として目の前に降って湧いた新たな選択肢に頭を悩ませていた。
後から詳細を確認する必要はあるだろうが、フリーディアを自立させるという観点ではちょうど良いタイミングだと言えるだろう。
だが、これはあくまでも催し物であって危機ではなく、腑抜けているフリーディアを追い込んで発破するというテミスの方針からは、少しばかりずれてくる。
「ま……良いか……。どうせ参加する事は避けられんのだ。これで駄目ならば、また新たに何かしら考えればいいだけの事」
「テミス様っ! それでは……」
「フッ……どうせお前は留守番だと言っても食い下がる気なのだろう? わかっているとも。予定変更……早速作戦を立てる。下へ降りるぞ」
「あはっ!! ありがとうございます! テミス様!! 承知いたしましたッ!」
少し考えこんだ後、テミスは小さく頷きながら結論を出すと、今にも歓声をあげんばかりに笑顔を浮かべるサキュドへ言葉を返しながらその身を翻した。
そんなテミスの後を、サキュドは上機嫌に跳ねるような足歩取りで追いながら、喜色の滲む声でテミスの命に応えたのだった。




