1468話 凪にまどろんで
アリィとマリィの騒動から数日。
トゥーアの提案により二人の尋問に関する全権は黒銀騎団へと移され、異論を唱えたフリーディアの意見を取り入れたテミスの策により、表向きはフリーディアの考え出した案の通り、自警団が尋問を担当しているという格好になった。
あの一件以来、自警団は驚くほど黒銀騎団へ協力的な姿勢を見せるようになり、根本たる原因であった人員不足も、元々所属していた魔族を呼び戻す事にトゥーアが同意したため解決の兆しが見え始めた。
「マグヌス。連中の尋問の進捗はどうだ?」
「はい。未だ反抗的な態度を崩さないようでして、二人の狙いや主人もわまりません」
「ふぅむ……。参ったな、あまり無茶をして壊してしまう訳にもいかん」
「報告によれば、苛烈な反抗を受けて尋問を担当した者も負傷したとか。情報の入手を優先するのでしたら、尋問ではなく拷問に切り替えるのも手かと」
「ハッ……馬鹿を言うな。そんな事をした日には、何処ぞのお人好しが怒鳴り込んで来る様が目に浮かぶわ」
「……でしたな」
しかしその一方で、捕らえたアリィとマリィは一向に情報を喋る事は無く、今回の一件の解決にはまだまだ時間がかかる見込みだ。
一応、自警団の方でも騒動の日より以前にこの町へ来た者のなかで、何者かから逃げていたり、身を隠そうとしているような人物を調べてはいるものの、人の出入りが激しい今のファントでは数が多く、こちらもまだ結果は届いていない。
つまり、下手人を捕らえこそしたものの、情報が途切れている現状ではテミス達にできる事は無く、通常の執務を終えた後はこうして再び訪れた束の間の暇を満喫する他無いのだが。
「それで? 例によってフリーディアはまた連中の所か?」
「はい。官吏の報告では説得を試みているとか」
「やれやれ。無駄な事を……。いいか? 奴が釈放するだとか世迷言を言い出しても、絶対に聞き入れるなと厳命しておけよ? 物品の差し入れも同様だ」
「はい。既に。ですが、よろしいのですか? 嗜好品や本の差し入れまで禁止してしまっては、またテミス様がご苦労されることになりかねぬかと」
「脱走されるよりはマシだろうさ。あれ程の膂力だ、警戒するに越したことはあるまい。小石一つでも渡せば犠牲者が出かねん」
今、執務室に居るのは、のんびりと言葉を交わしているテミスとマグヌスだけで。
近頃の黒銀騎団の執務室には珍しい、穏やかな時間が流れていた。
「重ねて注意を促しておきましょう」
「頼む」
そんな緩やかな時に身を任せるかのように、マグヌスとの会話を終えたテミスがゴロリと机の上に身を投げ出すと、執務室の中に静寂が訪れる。
時折微かに響くのは、仕事に戻ったマグヌスが書類を捲る音や、カリカリとペンを走らせる音くらいのもので。
それを好機とばかりに、テミスはぼんやりと物思いにふけり始める。
「…………」
今回の騒動が如何なものであれ、自警団との諸々の問題が一挙に解決したのは幸運であったと言えるだろう。
フリーディアが唆された一件から、事実上の機能破綻に陥っていた自警団が再建できれば、フリーディアの旗下の連中にも幾ばくかの余裕が生まれるはずだ。
だが一方で、いまだ解決し得ぬ大きな問題が浮き彫りになったのも確かで。
今や側付きとして目覚ましい活躍を見せているフリーディアの心の傷は、少しばかり時が経って癒えたかと思いきや、予想外の方向へと悪化の兆しを見せている。
「困った奴だ……全く……」
ボソリ。と。
テミスが誰ともなしに零した微かな言葉に、それを独り言だと理解しているマグヌスは応ずることなく、密かに苦笑いを浮かべた。
無論。物思いにふけるテミスがそれを知る術は無く、テミスは身を投げ出した机の上でゴロリと寝返りを打つと、その内心を露にするかのごとく深い溜息を零す。
行動原理としての贖罪とは依存に等しい魔性を秘めている。
しかし、そこから抜け出すには本人が自らの心を律するにほかは無く、私の補佐をしながら人助けに奔走する日々に一定の満足を得てしまっているフリーディアには、少しばかり難しい事だと言えるだろう。
尤も、本人の問題であるが故に、テミスとしては歯痒さを覚えたとしても、してやれることなど何も無いのだが……。
「ま……奴の事だ。なにか切っ掛けがあれば、そのうち勝手に立ち上がるだろうさ」
物足りなくはあれど、便利ではあるしな。と。
テミスはそう結論付けてあれやこれやと考えていた思考を放棄すると、クスリと微笑みを零しながらゆっくりと目を瞑ったのだった。




