1465話 剣の理解者
下らない意地だ。
構えた剣を振り抜く刹那。テミスは胸の中でひとりごちる。
トゥーアとて、ただ自警団の長たる椅子惜しさに声を上げている訳では無い。
彼の……彼等の歩んできた歴史と、紡いできた絆。そして何より、自らの力を以てこの町を守らんと誓った心を御旗に、遮二無二努力しているだけ。
だがそれは私とて同じ事。
ファントに暮らす人々を……私が受けた恩を返すため、根無し草の私に居場所を与えてくれたこの町を守ると誓ったのだ。
その為ならば、手段を選んでいる余裕はないッ!!!
「待ちなさいッ!! テミスッ!!」
「――ッ!!?」
刹那が過ぎ去り、テミスが振り上げた白刃を振るった時だった。
凛と張り上げられたフリーディアの声が響き渡り、その声に気圧されたテミスの手が反射的に止まる。
然して、トゥーアへ向けて振り下ろされた刃は寸前の所でピタリと止まり、二人の視線がフリーディアへと集中した。
「テミス。まずは二人の拘束をお願い。生憎、今この場で魔法が使えるのは貴女だけだから」
「っ……!! だがッ……!!?」
「良いから。自警団との折衝は私に任せて。それに……貴女の剣は悪人へと向けられるものだった筈。違ったかしら?」
「ッ……!!!」
フリーディアは二人の視線を一身に受けながら静かに、しかしはっきりと言葉を紡ぐと、ゆっくりとした足取りでテミスとトゥーアの間に割って入る。
その瞳には、穏やかで優しい光が宿っていて。テミスは柔らかに告げられたフリーディアの言葉に、胸の何処かで安堵すら覚えながら小さく息を呑んだ。
「トゥーア団長も。構いませんね? このまま無為に時間を費やす事がどれほど愚かな事か……貴方であればこの意味も理解できるはず」
「確かに……私も知らずの内に熱くなっていたらしい。テミス様。私などが言えた立場でない事は理解しておりますが、お願いできますかな?」
「……わかった」
そのまま、フリーディアがトゥーアへと視線を移して言葉を続けると、トゥーアは静かに頷くと、テミスへと頭を下げた。
無論。テミスとしては二人の頼みを聞かない理由は無く、ボソリと小さな声で答えながら即座にトゥーアへと向けていた刀を退くと、腰へ納めてからアリィとマリィの拘束に取り掛かるべく身を翻す。
「さて……トゥーア団長。二度説明するのも手間なので、申し訳ありませんが私と共にテミスの側まで来ていただいても?」
「承知しました。ですが、私とて自警団を預かる身……。テミス様の刃を止めていただいたことに感謝は致しますが、自警団としての決定に個人的な恩義は交えぬものと思っていただきたい」
「構いません。テミス、作業をしながらで良いから話だけ聞いていて」
「……ったく、無茶を言う……」
倒れ伏したマリィの傍らに膝を付き、テミスがブツブツと口の中で呪文を唱え始めると、すぐにその背を追ったフリーディアとトゥーアが傍らへと歩み寄る。
そして、トゥーアと言葉を交わしながら自らへと告げられたフリーディアの要請に、テミスは苦笑いを浮かべて皮肉を零した。
そもそも、魔法を扱うにはそれなりの集中力が必要なのだ。
触媒を使わない魔族流の魔法の行使の経験がないフリーディアにとっては、その難易度を想像する事は難しいのだろうが……。
しかし、そんなテミスの内心をよそに、フリーディアは傍らに立つトゥーアへと視線を向けて口を開く。
「では……私の提案を説明させていただきます。まず彼女たちの身柄ですが、私たち黒銀騎団で預かります。これについては私もテミスと同意見でして、壁面の損壊を改めてご覧になって頂きたいのですが……。自警団で使用している拘束具では、彼女たちの膂力に耐える事はできないでしょう」
「ふむぅ……。ひとまず、全て聞いてからお答えするとしましょう。提案……と言うのですから、よもやそれだけではありますまい」
「勿論です。身柄は黒銀騎団で拘束しますが、尋問は自警団にお任せしたいと考えております。しかし事態の重要性から、尋問の際には黒銀騎団からも一名、人員を配させていただきます。つまり、黒銀騎団と自警団で協力し合う形をとしたいのです」
「なるほど? しかし黒銀騎団の施設をお借りした上に、尋問の折に人手までお借りしてしまっては我等の立つ瀬がありません」
「ご安心を。こちらから配する人員は立会人の形を取ります。尋問の際に自警団の方に要請を……いえ、助言を差し上げる事があるかもしれませんが。そのため、別途に報告書を作成していただきたく思います」
マリィの拘束を終えたテミスが立ち上がり、アリィの元へゆっくりと歩を進めると、その背を追ってフリーディアとトゥーアも言葉を交わしながら付いて行く。
つまるところ、こいつらを逃がさないために設備を貸し、尋問にも口を挟むが、書類上の手柄は全部自警団へくれてやるという事だろう。
これならば、自警団としてはこの二人をスカウトする機会こそ失うが、町を守ったという実績が手に入るのだ。
悪くない落とし所だろう。
傍らで話を聞いているテミスは胸の中でそう結論付けると、口を挟む事なくテミスは淡々と拘束作業を進めていったのだった。




