1462話 声届かぬ者
戦いを終えたフリーディアが小さく息を吐き、昂った意識と火照った身体を落ち着かせていると、同じく戦いを終えたテミスがゆっくりとした足取りで歩み寄っていく。
しかし、その顔は戦いの高揚が残る力みの籠った表情でも、戦いを終えた仲間を労うような柔らかな笑みでもなく、悪戯を思い付いた子供のような意地の悪い笑みを浮かべていた。
「フリーディア。そちらも無事、終わったようだな?」
「テミス! えぇ、お陰様で。貴女が攻撃を受けるなっていってくれなかったら、正直危なかったわ。まさか、壁ごと切り裂いて剣を振るって来るなんて……」
「クク……それよりも……。随分と派手にやったな? お前にしては珍しい。余程連中の言動が腹に据えかねたか?」
「っ……!! 違うわよ!! これは……彼女が素直に投降してくれないから……」
倒れ伏したアリィの周囲を染める大量の血に、テミスはクスクスと昏い笑いを零してフリーディアに問いかけた。
そんなテミスの問いを、フリーディアは叫ぶように否定すると、ボソボソと口ごもるように弁解を付け加える。
「そう照れるな。連中の主たる目的はわからんが、この町で略奪を働こうとしていたのは間違いない。お前が怒るのも理解できる」
「だから違うって言って入りでしょうっ!? 確かに……許せないって気持ちはあったけれど……。貴女じゃないものッ! わざと傷付けていたぶるなんて真似しないわよ!!」
「んん? 私は派手にやった……と言ったはずだ。いたぶるなどと口にした覚えは無いが?」
「っ~~~~!!! テミス!! 貴女って人はッ!! それを言うなら貴女はどう……なの……よ……」
だが、テミスが調子を変える事無く言葉を重ねると、フリーディアは再び頬を紅潮させて叫びを上げ、つい先ほどまでテミスの戦っていた方向を指差しながら視線を向ける。
けれど、そこには意識を失ったマリィがぽつんと転がっているだけで。
確かに彼女の身体の周囲に小さい血だまりはできていたが、フリーディアが切り刻んだアリィのように、広範囲にわたって血が飛び散っているなどという事は無かった。
「……何か? 確かに殺さぬよう気を遣うのは少々骨が折れたが、私はさっさと仕留めたぞ?」
「なっ……えっ……!?」
「そもそも、敵を無力化するのに投降など呼びかける必要などあるまい? 要は死にさえしなければ良いのだ。殺さずとも意識を奪って大人しくさせる方法など幾らでもある」
「そんなっ……!! 戦わずに剣を収める方が良いに決まっているじゃない!! そうすれば誰も傷つく事は――」
「――その結果がコレな訳だが」
「くッ……!?」
それでも尚、反論を続けるフリーディアに、テミスは倒れ伏したアリィの傍らまで歩み寄ると、彼女自身の手によって身を刻まれたその身体をつま先でつついて示してやる。
多くの血を流し、ボロボロになって横たわるアリィと、大きな傷こそ負っているものの派手さは無いマリィ。
明確な事実として示された眼前の光景に、フリーディアは悔し気に唇を噛んで黙る事しかできなかった。
そんなフリーディアに、テミスは呆れたような視線を向けると、溜息まじりに口を開く。
「……拘り過ぎなんだよ。お前は。これまでの幾度の戦いの中で、或いはその目で見てきた場所で、厭というほど見てきた筈だろうが。言葉を解そうとも話の通じん奴は存在するし、譲れぬが故に解り合えん奴もいる」
「わかってるわよ……!! そんなこと……ッ!!」
「いいや、分かっていないね。話の通じん奴や解り合えない相手は暴れ狂う獣と同じだ。ひと思いに仕留めてやるべきなんだよ。余分な手心なんか加えるから無駄に苦しむ事になる。コイツも……お前もな」
「っ……!!」
でも……!! と。
テミスの言葉に、フリーディアはそう声をあげかけるが、結局その言葉が口から漏れる事は無く、ただ項垂れる事しかできなかった。
でも……貴女はきちんと解り合ったじゃない。
代わりに胸の中でそう零すと、フリーディアは自らの気持ちがより一層暗く沈んでいくのを感じた。
そう。テミスはなんだかんだと言いながら、あれだけ目の敵にしていたクルヤ達と今は剣を交える事の無い間柄になっている。
だというのに……私は……。
救うだなんて。守るだなんて口にしながら、その実何もできていない。
自警団との折衝も禄にまとめる事ができないし、幾度の戦いの果てに漸く解り合えたと思ったテミスだって、私の思いや力なんて本当は何も関係無くて、全部テミスのお陰なんじゃないか……。
そう風に思えてしまうほど、一度考え始めたフリーディアの思考は止まることなく、暗い方へ、深い方へと突き進んでいってしまう。
そんな時だった。
「何ィッ……!!? ふざけた事を抜かすなよッ!? 連中を仕留めたのは誰だと思っているッ!!」
「っ……!!」
突如響いたテミスの怒声にフリーディアが我に返ると、既に眼前に居たテミスの姿は無くなっていて。
そのまま、テミスの声がした方へと目を向けると、そこでは怒りに拳を握り締めて声を荒げるテミスの前には、いつのまにか姿を現していたトゥーアが、毅然とした表情で立っていたのだった。




