1461話 慈悲深き千撃
テミスとマリィが激戦を繰り広げる一方で、フリーディアとアリィもまた激しい戦いを繰り広げていた。
不意を突いたマリィの一撃により大きく弾き飛ばされたフリーディアは、その凄まじい威力の斬撃にビリビリと痺れる腕を庇いながら、壁に背を預けて小さく息を漏らす。
だが、寸分たりとも休む暇は無く、眼前からは槍の如く大剣の切っ先をフリーディアへと向けたアリィが、まるで猪のような勢いで猛然と斬りかかって来る。
「くぅッ……!?」
フリーディアがその豪快極まる刺突を身体を翻して躱すと、空を切った大剣はごずりと重たい音を奏でながら壁へと食い込んで動きを止めた。
それはフリーディアにとって、これ以上ない程の好機で。身を翻した勢いのまま反撃に転ずるべく平突きの構えを取ると、壁に大剣を突き立てた格好のアリィへと狙いを定める。
だが。
「ぜッ……りぃやぁぁぁああああああああッッ!!!!」
「なっ……!?」
アリィは大剣を引く抜く素振りすら見せずに雄叫びを上げると、壁に突き刺さった大剣に力を籠めて、壁ごと眼前を薙ぎ払った。
無論。壁に突き立った大剣をそのまま振り回すなどという途方もない無茶を予測できるはずも無く、フリーディアは咄嗟に大きく足を開いて姿勢を落とし、すんでの所でアリィの力任せな一撃を躱した。
「とんでもない怪力ね……!! 確かに、あんな一撃を貰ったらただじゃ済まないわ……」
「チィッ……!! さっきからチョロチョロチョロチョロと……!! まともに戦う気がねぇなら引っ込んでろッ!!」
「それはできないわ。だって、私が退いたら貴女がただでは済まないもの。そうね……好くて大怪我だけど、テミスの事だから最悪殺されるかも。少なくとも、腕の一二本は無くなるわね」
「ハッ……!! この私の腕を落とすだぁ? 面白れぇッ!! やれるモンならやってみろってんだッ!!」
「……やめておいた方が良いわよ。そういう事言うと彼女、ホントに躊躇いなく切り落とすから。それよりも、投降してくれないかしら? 今ならまだ間に合うから……悪いようにはしないわ?」
通用門の壁を破壊しながら振り回した大剣を肩に担ぐと、マリィは苛立ちを露わにしてフリーディアを怒鳴りつける。
しかし、静かに姿勢を正して剣を構え直したフリーディアは、淡々とした口調で答えを返し、忠告を交えて投降の勧告をした。
確かにこの二人はそこいらの兵では敵わぬほどの強さを持っている。けれど、今回ばかりは相手が悪く、想定を超えたアリィとマリィの戦い方に驚きこそすれど、フリーディアにもまだ幾ばくかの余裕が残っている。
つまりそれは、テミスとて同じという事で。
フリーディアとしては、無為に傷付けるよりも、この辺りで剣を収めて欲しかったのだが……。
「しゃらくせぇッ!!! 情けでもかけているつもりかッ!! そういう事は私に一撃でも入れてからほざいてみせろッ!!」
アリィはフリーディアの勧告を無視して再び大剣を構えると、荒々しい叫び声と共に前へと飛び出した。
「そう……わかったわ」
瞬間。
フリーディアは小さなため息とともに呟くように口を開くと、ゆらりと構えて真正面から突進してくるアリィを迎え撃つ構えを見せる。
そして、剛然と頭上から叩き付けられたアリィの斬撃に対し、フリーディアは自らの剣を側面から叩きつけるように振るって僅かに方向を逸らす。
その直後、クルリと身を翻したフリーディアはアリィの傍らをすり抜けるように前へと踏み込むと同時に白刃を振るった。
「っ……!!?」
「はい、一撃。もう一度訊くわね? 投降する気は無いかしら?」
ぶしり。と。
フリーディアの放った一撃はアリィの脇腹を浅く切り裂いており、傷口から噴き出た血がぱたぱたと石畳を汚す。
しかし、フリーディアは傷口を押さえたアリィを振り返ってクスリと冷笑を浮かべると、自らの剣についた血を払いながら冷たく問いを重ねた。
「ハンッ……!! こんな程度の生温い傷!! 痛くも痒くもねぇッ!! 一撃ってのはなぁ!! こういうのを言うんだッ!!!」
だが、更に重ねた問いもアリィは聞き入れる事は無く、振り向きざまに全身を捻りながら横薙ぎに大剣を振るう。
「……一撃で足りないのなら二撃。何度でも訊くわ。これで貴女が止まってくれるのなら、私は何度だって貴女を斬ってみせるッ!!」
「がっ……!! あっ……?」
けれど、振るわれた大剣の刃がフリーディアを捉える事は無く、再び身を伏せて斬撃を躱したフリーディアは、淡々と言葉を紡ぎながらアリィの太腿を貫いた。
躱しては問い、問いかけては躱し。
そんなやり取りを幾度となく繰り返した後。
「ク……ソ……ッ……!!!」
「…………」
全身を切り刻まれたアリィは、固く食いしばった歯の隙間から悔し気な声を漏らしながら石畳の上へと倒れ伏す。
数え切れぬほどの剣戟の後に倒れ伏したアリィの周辺は、傷の浅さ故に血だまりこそ出来ていないものの、彼女から溢れた血で赤く染まっていた。
そんなアリィを冷ややかに見下ろしながら、フリーディアは汚れ一つ無い白刃で一つ空を切った後、澄んだ音を奏でて腰へと納めたのだった。




