1460話 天仰ぐ一刀
血飛沫が宙を舞い、食いしばった歯の隙間から苦悶の声が漏れる。
「マリィッ!!」
「大……丈夫だ!! そう深くは無いッ!!」
テミスの斬撃はマリィの身体を袈裟に捕らえたものの、地から足が離れたせいで踏み込みが甘く、仕留め切る事はできなかった。
だが、アリィの叫びに応えたマリィの言葉には隠しきれない苦痛が滲み出ており、だくだくと流れ出る血と顔に浮き出た脂汗から見ても、痛烈な一撃を与えたと言えるだろう。
「フン……まずは一撃……だ。次は外さんぞ?」
「ハハッ……一撃くれた程度で随分と余裕じゃないか。私ゃまだ腕も足も動く、この程度の傷なんざ物の数にも入りゃしねぇっ!!」
「ならば、次は腱を断つとしよう」
そんなマリィの眼前で、テミスは身軽に石畳の上へと着地を果たすと、再び刀を構えながら不敵な笑みを浮かべてみせる。
しかし、マリィは傷を押さえていた手を離して、まるでテミスへと見せ付けるかのようにぐるりと肩を回すと、好戦的な笑みを浮かべてテミスの言葉に応えた。
「やれるモンなら……やってみなッ!!」
その猛々しい言葉と共に、マリィは再び大剣を振り上げると、再びテミスを狙って大きく振り回す。
空気が引き裂かれる重たい音が響き、大剣の分厚い刃がテミスを食い破らんと迫るが、テミスは僅かに身体を沈めただけでマリィの斬撃を躱し、頭上を通り過ぎて行く大剣の腹に強烈に柄頭を打ち付けた。
すると、刃の角度を変えられたマリィの大剣は生じた揚力によって急激にその軌道を歪めて上へと跳ね上がり、剣を振るっていたマリィの身体が無防備に晒される。
「っ……!!!」
「クス……力で振り回す大剣であるからこそ、剣線と刃筋は命だ」
瞬間。
テミスは不敵に微笑みながら前へと駆け出し、宣言通り腕の腱を断つべく刀を振り下ろした。
だが……。
「チィッ……!! アリィッ!!」
「応よ!! 仕方のねぇ奴だなッ!!」
「なっ……!?」
「きゃッ……!?」
マリィは舌打ちをした後、背後で戦う相棒の名を叫ぶと、跳ね上げられた大剣の勢いをそのままに、テミスへ背を向けるように体を反転させる。
同時に、フリーディアと切り結んでいたアリィがマリィの叫びに応じ、身体を捻ったマリィの傍らをすり抜けるようにして、背後へと刺突を繰り出した。
結果。
マリィの振り抜いた大剣は、一方的にアリィへと攻め入っていたフリーディアを捉え、意識の外から襲い来る斬撃に受け太刀を余儀なくされたフリーディアを、後方へ大きく弾き飛ばす。
一方で、マリィの腕へと斬り付けるべく、既に攻撃態勢へと移っていたテミスもまた、突如として眼前に現れた切っ先を躱す術を持たず、咄嗟に刀の峰へと手を当てて大剣を受け止め、刃を滑らせるようにして刺突を受け流した。
「まだまだぁッ!!」
だが、アリィとマリィの攻勢がここで終わる事は無く、互いに自らの背後へと大剣を向けた状態であるにも関わらず、マリィはそのまま眼前を薙ぎ払うようにして大剣を振るい、アリィは大剣を僅かに地面に擦らせながら、弾き飛ばされたフリーディアを追って前へと駆け出した。
「しまッ……!!? クソッ……!!」
剛然と振るわれた大剣を前に、テミスは歯を食いしばって鋭く息を呑む。
凄まじい威力を以て振り回される大剣が相手では、白銀雪月花で受け止める事はできないだろう。
だが、予想外の連携で体勢を崩された今では、この斬撃を無傷で躱す事は不可能だった。
しかし、テミスは瞬時に意識を切り替えると、全力で脚に力を込めて弾丸の如きスピードで上へと跳び上がった。
「ガハッ……!!」
無論。そこには、この門の天井の役割をも果たしている、ファントの町を守る堅牢な外壁が待ち構えており、テミスは大剣の刃からこそは逃れたものの跳び上がった勢いをそのままに強烈に背中を石造りの天井へと打ち付けてしまう。
「ハハハッ……!!! 終わりだぜェッ!!」
そんなテミスの姿を見たマリィは、仕留めるべく放った斬撃こそ躱されたものの、勝利を確信して高笑いと共に大剣を振りあげた。
いくら素早かろうが、天井に背を打ち付けた後ではそのまま落ちて来ることしかできないだろう。ならばそこを、この刃で受け止めて串刺しにしてやればいい。
そうマリィは思っていたのだが……。
「あぁ、終わりだな」
ずだんッ!! と。
まるで地面を蹴り付けるかのような音が響いた刹那。静かな声がマリィの背後から響く。
気付けば、つい先ほどまで背中を打ち付けたテミスが張り付いていた天井にその姿は無く、テミスはマリィの背後でしゃがみ込んだような格好で切っ先を地面に向けて刀を構えていた。
そして。
完全に背後を取られたマリィが反応を見せる前に、テミスは刀で頭上を薙ぐように振るいながら跳び上がり、決着の一撃を加えたのだった。




