1458話 一対の大剣
相対するテミス達をまるで威圧するかの如く、互いをアリィ・マリィと呼び合った女たちは大剣を引き摺りながらゆっくりとテミス達へ向けて近付いていく。
しかし、対するテミス達の行動は早く、その場で刀を抜いて構えたテミスの傍らから飛び出したフリーディアは、大きく円を描くようにテミスの側を離れると、アリィとマリィを挟み込む形で対峙した。
だが、大きく振り回す事の多い武器である大剣に対して、わざわざ二手に分かれるのは愚策でしかなく、自らの身を襲う激痛を堪えながら戦況を見守っていたドルフは驚愕に目を見開いて息を呑む。
しかし、普段から大剣を扱っているテミスと、そんなテミスを相手に戦ってきたフリーディアが大剣の性質を知らない筈もなく、二人の顔には不敵な笑みが浮かんでいた。
「ハハッ!! 見ろよ、こいつ等馬鹿だぜぇ? 私ら相手にわざわざ分かれやがった!」
「全くだね。剣士の癖に武具の特性も知らないくらいのド級の馬鹿か、知ったうえで私らをナメてるのか。どっちにしろ……」
「ブッ殺すッ!!」
一方で、アリィとマリィはテミス達の定石から外れた行動を嘲笑った後、怒りの吠え声と共に、全く同じ構えから横薙ぎに大剣を振るう。
その剣閃は、相対しているテミス達ですら美しいと感じてしまうほどに完全な半円をそれぞれに描いており、二人の斬撃が合わさる事で真円を描いた。
「フッ……」
「甘いわっ!」
けれど、テミスは嘲笑を返すかの如くクスリと頬を歪めながら、フリーディアは鋭い瞳で前を見据えたまま叫ぶと、僅かに身を屈めただけでアリィとマリィが放った斬撃を躱す。
だが……。
「ハハッ……!!」
「甘めぇのはテメェだッ!!」
「チッ……!」
「っ……!!」
アリィとマリィは斬撃の勢いをそのままに大剣を担ぎ上げるようにして振りかぶると、自らの頭上を通り越して一気にテミス達へ向けて振り下ろした。
そこに大剣特有の斬撃の後に生ずる大きな隙は無かったが、二人の追撃を読んでいたテミス達が身を躱すと、振り回す事すら困難なほどに重たい筈の大剣は、まるでテミスの持つブラックアダマンタイトの大剣かの如く、軽々と宙を舞って石畳を叩き割る。
「これも躱すかッ……!」
「少しは出来るみてぇじゃねぇか」
「…………」
しかし、自らの攻撃を見切られたはずのアリィとマリィは、それでも尚ニヤリと好戦的な笑みを浮かべ、テミス達を睨み付けながら不敵に嘯いてみせる。
一方で。
そんなアリィとマリィを静かな瞳で観察していたテミスは、この僅かな剣戟から一つの確信を得ていた。
この大剣使いの二人、外見からは説明のつかない馬鹿力は兎も角として、やはりまとめて相手にするには少しばかり分の悪い相手のようだ。
何故なら、大剣という考え無しに振り回せば、味方をも巻き込みかねない武器をあろう事か背合わせで用いながらも、二人は互いを巻き込むどころか、剣同士が触れる事すら一度も無かった。
それはつまり、大剣という連携に不向き極まる武器を用いながら、彼女たちは高度な連携技を繰り出してくるという何よりの証左で。
ならば。
同じく大剣を繰るテミスも、そんなテミスを相手にし続けてきたフリーディアとしても、たとえ武器の利を生かされようが、一対一で戦った方が有利なはずだ。
「だが……」
ボゴリ……。と。
砕き割った石畳の上に地面の土を散らしながら、アリィとマリィが大剣を引き抜くのを見据えて、テミスは小さく呟きを零す。
奴等の強みが連携であるならば、それを生かす事ができない今の陣形は望ましいものでは無い筈だ。
だというのに、連中のこの余裕。
必ずまだ、その自信の根拠がある筈だ。
テミスは二人の表情からそう確信を得ると、慎重に抜き放った刀を片手持ちへと持ち替え、姿勢を低く落として突撃の構えを取った。
一拍遅れて、アリィとマリィを挟んでテミスの構えを見たフリーディアも、静かに姿勢を半身に変えると、僅かに腰を落としてテミスに倣う。
「ンクク……良いね。存外楽しめそうだ」
「頼むから、一振り二振りで壊れてくれるなよ?」
「楽しめるものなら…‥楽しんでみなさいッ!!」
「その憎たらしい笑顔、すぐに泣き面へ変えてやろうッ!!」
まさに一瞬触発。攻めの構えを見せたテミスとフリーディアを前に、アリィとマリィは再び大剣を構えると、べろりと舌なめずりをしながらかつ口を叩いた。
刹那。
テミスとフリーディアは同時に裂帛の叫びを上げると、弓から放たれた矢の如くアリィとマリィへ肉薄したのだった。




