1457話 珍妙な襲撃者
その異変にテミスが気付いたのは、トゥーアとフリーディアが話し合いを始めてから数十分が過ぎた頃の事だった。
依然として平行線をたどる両者の意見は合致する事無く、堂々巡りを始めた会話の内容に飽き始めたテミスは、戸口の傍らまで踵を返すと、如何にこの部屋から抜け出すかを思考し始めていた。
だが、そんなテミスの耳が、フリーディアのものともトゥーアのものとも異なる怒声を捉えたのだ。
「――ですから!! それはできないと何度も申し上げているでしょうッ!!」
「出来るできないの問題では無いのですッ!! して頂かなくては困ると申し上げているのですよッ!!」
「二人とも黙れッ!!!」
「っ……!! テミス……?」
「――っ!!!」
瞬間。
テミスは大きく息を吸い込むと、部屋の中心で言い争いをしている二人の怒声を掻き消す程の大声を張り上げながら、腰に提げた刀の柄へと手を伸ばした。
「テミス様ッ!! 御聞き苦しいかとは思いますがこれも全ては――」
「――私は黙れと言ったぞ。耳を澄ませろ。外が騒がしい」
「むっ……!?」
「っ……!」
それでも尚、議論を続けようとするトゥーアをテミスは鋭く睨み付けて黙らせ、同時に顎で扉を指し示して異常を告げる。
すると、団長室の中は一挙に静まり返り、扉の向こう側からくぐもった幾つかの怒声が僅かに響いてきた。
「……確かに、聞こえますな。流石はテミス様、これ程小さな声すら聞き逃さぬとは。ドルフ、状況の確認を」
「…………」
「っ……! フリーディア!」
「えぇ!!」
その声を聞いたトゥーアがテミスに微笑みかけながら指示を出すと、ドルフはコクリと小さく頷いて即座に団長室から飛び出していく。
しかし、扉の開いた刹那。
音量を増した外の怒号が戦闘中のものだと悟ると、鋭く傍らのフリーディアへと声を掛けてから、自らもドルフの後を追って駆け出した。
狭く薄暗い廊下を駆け抜け、急な階段を降りて門へ出ると、そこに広がっていたのはテミスの想像を遥かに超えた酷い光景だった。
広く取られた道幅の至る所では、騒ぎに駆け付けたらしい衛兵たちが横たわっており、受けた傷の痛みに呻き声をあげている。
「敵襲……!? だとっ……!?」
「……っ!!! ぐぁッ……!!」
「テミスッ!! ドルフさんッ!!!」
あまりの事態に、呆気にとられたテミスが驚きの声を零した瞬間。
ギャリィンッ!! と凄まじい金属音が響き渡り、一足先にこの場へ駆け付けたドルフが、傍らの壁に背を打ち付けて苦し気に呻く。
「だ~か~ら~……アンタらとやり合う気は無いから、さっさと差し出せって言ってんの。もしくはここを通してくれよ。自分らで探すからさ」
「もうさ。あいつ等もさっさと片付けて、このまま押し通っちゃえばいいじゃんよ。見てみなよ。結構豊かな町みたいだし色々あるかも、皆への土産も調達できるぜ?」
直後。
まるで倒れた兵士達を嘲るかのように、酷く気だるげな女の声が響いた。
そちらへ視線を向けてみれば、ツンツンと尖った黒髪に赤と黄色のメッシュという妙ないでたちをした二人の女が、鉄板のような武骨な大剣を携えながら、ニヤニヤと凶暴な笑みを浮かべてテミス達を睨み付けている。
「片付ける……か。一応確認だが、調達とやらはどうやってするつもりだ? その様子を見るに、答えは決まっているような物だが……」
「あん? おい、なんかミョーに偉そうな喋り方する奴が話しかけてきたんだけど。答えてやれよアリィ」
「はぁ……? どう見たってアンタに喋ってんだろうがマリィ。私に振るな。私はお前と違って凡俗共と言葉を交わしてやるほどヒマじゃねぇんだ」
「ざけんな! ンなもん私だって嫌に決まってんだろ!! さっさとあのカス捕まえて、奪るモン奪って帰ろうぜ」
「賛成。じゃ、さっさとこいつ等始末すっか」
警告を兼ねたテミスの問いに女たちが返答を返す事は無く、二人は酷く傲慢な調子で言葉を交わした後、ガランと大剣を引き摺る音を響かせてテミス達へと向き直った。
そこには、友好的な要素など何一つなく、彼女たちが明確な敵であることは火を見るよりも明らかだった。
「……フリーディア。お前は右側の赤毛混じりの方をやれ。連中……見た目こそは人間だが、何か妙だ。油断するなよ」
「ッ……! 了解よ」
名乗りもせず、自分達の方へゆっくりとした足取りで向かって来る女たちを前に、テミスは傍らのフリーディアへ静かな声で指示を出すと、腰に提げていた刀をゆらりと抜き放ったのだった。




