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134話 町内観光

「済まなかった。そこまで気にしているとは思わなかったんだよ」

「っ……別に。テミスが気にしていないのなら? 良いんですけどね?」

「その台詞は良いと思っている人間から出るものではないだろう……」


 数時間後。人で賑わうファントのメインストリートでは、困り果てた顔のテミスと唇を尖らせたフリーディアが肩を並べて歩いていた。今日の私の仕事はフリーディアにファントの町を案内する事……平たく言えば接待なのだが、はじめる前からこれでは成果があがらないのは明白だ。


「戦火が迫っていると言うのに……活気があるのね」


 テミスが何とかフリーディアの機嫌を取ろうと頭を悩ませていると、ふと立ち止まった彼女がポツリと呟いた。


「こちら側では、戦火が迫れば逃げ出すか……それすらできない人達は皆、まるで死んでしまったかのような顔で俯いてるわ……」

「……そちらの方が、正しい反応だと思うがな」


 どこか寂しそうに零したフリーディアに、眉に深い皺を刻んだテミスが応える。

 実際。ファントの住民たちの行動は異常だった。いかに軍団長が二人駐留しているとはいえ、それが抜かれないという保証はどこにもない。だというのに、住民たちは戦火から逃れる事すら考えず、いつもと少しだけ異なる日常を楽しんでいるようにも見える。


「ジレンマだな……」


 テミスはため息を吐くと、フリーディアを近くの塀へと導いた。そして、共に壁に背を預けて賑わう町の様子に目を細めた。

 政治的観点から見れば、この町の現状は理想そのものなのだろう。民は領主を疑わず、全幅の信頼を預けて日常を謳歌する。この町を守護する者としてもそれは喜ばしい事ではあるが、盲信とも言い換える事のできる信頼は同時に、未曽有の悲劇の足音にも思える。


「それで? テミスが助けられたっていうお店は何処? お食事がてら、どんな方か知りたいのだけれど?」


 気持ちを切り替えたのか、機嫌を直したフリーディアがぴょこんと壁から背を離すと、テミスの前へと回り込んで問いかけた。


「なんだ……気付いていなかったのか」

「ん……? どう言う事?」


 確かに、昨日はごたごたとした騒動があったせいで、フリーディアに説明をしていなかったかもしれない。

 流石に、ルギウスやフリーディアのような指揮官を満員御礼の兵舎に寝泊まりさせる訳にもいかなかったので、苦肉の策としてマーサの宿屋を手配したのだ。どちらか一人であれば、平時は仮眠室と化している指揮官私室をあてがえば問題なかったのだが、2人となるとどうしようもない。


「昨日から泊ってもらっている宿屋がそうさ。私も家族のように接して貰っていて……コホン。その……なんだ。世話になっている」

「あ~……なるほどね。言われてみればそうかも」


 フリーディアが頷いている傍らで、テミスは背中を走り回る、言語化しがたいむず痒さと激闘を繰り広げていた。我が町自慢の宿屋を紹介したはずが、余計な言葉を口走ってしまったせいで家族自慢のようで恥ずかしい。いや、事実そうなのだが。


「なら……どうしようかしら。今から宿に戻るのもアレだし……何かおすすめはある?」

「フム……」


 問われたテミスは息を吐くと、顎に手を当てて考え込んだ。こういう場合、どう言った場所を紹介すればいいのだろうか? 私の旅路をなぞる形で案内するのであれば、愛用の外套を買ったバランの店なのだろうが、いくら品ぞろえが良いとはいえ、賓客を雑貨屋に連れていくというのはいかがなものだろうか? だが、それを除いて知っている店なんて、宿屋の手伝いで利用する店くらいしかないが……。


「……参ったな。これでは案内役失格だ」


 長考の末にテミスは苦笑いを浮かべると、頬を掻きながら白旗を上げた。考えてみれば、この町の店の殆どは把握しているが、それはあくまでも書類上の事で、実際に足を運んだ事は一度も無かった。


「フフッ。なら、一緒に色々回りましょう。これはこれで、二人で観光している気分に浸れて悪くないわ」

「……そう言って貰えると助かるよ。私もまだまだだな」


 そう言うとテミスは、楽し気に身を翻したフリーディアの背を追って歩き出した。その足取りは、心なしかいつにも増して軽かった。

 祭事や流通、そして防衛……そう言った観点抜きでこの町を楽しむのはいつぶりだろうか。もしかしたら、こんなに純粋な気持ちでこの町を見て回るのは初めてかもしれない。


「じゃ―テミス、まずはここ行こうよ!」

「ああ。店主。二本頼む」

「テッ……テミス様っ!? あ、ありがとうございます!」


 さっそく通りに面した店に立ち寄ると、そこで売られていた大きな串焼きを購入する。猪肉の串焼き錫貨5枚……提出されていた書類では割高だと感じたが、この大きさならば逆に安いと言えるだろう。


「熱っ……んくっ……肉汁いっぱいで美味しいよ?」

「あ……ああ……」


 支払いを横目で見ながら、フリーディアが早速串にかぶりついている。こうしていると、戦場で何度も殺し合った相手とは思えない程に無防備だ。


「フッ……我ながら無粋だな……っ! あちちっ……」


 テミスは小さなため息と共に笑顔を零すと、自らも串焼き肉にかぶりついたのだった。

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