1453話 剣閃の絆
息も吐かせぬ程に激しいフリーディアの連撃を、テミスは腰に携えた刀を抜き放つことなく、ただひたすらに躱し続けていた。
時折、躱し損ねた切っ先が僅かに肌を裂けども一顧だにせず、フリーディアを見据える瞳には静かな闘志が輝いている。
故に。一方的な攻勢を仕掛けているフリーディアも攻め手を緩める事は無く、全霊を込めて突き、斬りかかっていた。
「いったい……何を狙っているのよ……ッ!!」
「フ……さぁな……」
言葉と共に、フェイントを交えて放たれたフリーディアの斬撃を、テミスはクスリと不敵な笑みを浮かべながら紙一重の距離で躱しきる。
しかし、その余裕を漂わせた言葉とは裏腹に、テミスの額にはうっすらと汗がにじみ始めており、フリーディアへと見せているほどの余裕は無い事を物語っていた。
事実。
フリーディアの隙を狙っているテミスにとって、躱すに易い攻撃といえど隙の少ない攻撃が続く今の状況は非常に厳しく、究極の二択を迫られていた。
その二択とは。
対応される可能性が高いと知りながら、隙を狙ったカウンターを仕掛けるのではなく、こちらから攻撃を仕掛けるか。
もしくは、危険を承知であえて大きな隙を見せ、フリーディアが食いついた所を狙って仕留めるか。
どちらも失敗すれば敗北の可能性は色濃く、分の良い賭けとは言い難い選択肢だった。
「ねぇ……テミス……? 私……我慢比べを……しているつもりは……無いのだけれどッ!?」
「私もさ。やれやれ仕方が無い……」
「ッ……!!」
連続攻撃を続けながら、フリーディアが皮肉気に頬を歪めて告げると、テミスはニヤリと不敵に笑みを浮かべてその言葉に応ずる。
同時に、テミスは放たれたフリーディアの攻撃を大きく躱すと、一歩分フリーディアから距離を取り、捻りを加えた構えを取った上体を大きく沈ませた。
その動きは、明らかな攻撃への布石。
だが、連続攻撃を続けるフリーディアにとって、その構えから生じる隙はあまりにも大きく、刹那の時間の中を思考が駆け巡った。
あんな風に身体を伏せてしまえば、上段からの斬撃はどうあがいても防ぐ事はできない。
けれど、凡百の剣士が相手ならば兎も角、今の相手はテミスだ。テミスが何の意図もなしに、こんな大きな隙を晒す事なんかあり得ない。
可能性があるとすれば二つ。
大きな隙を晒すと知りながら、勝負を決する為に賭けに出たのか。
あるいは、この隙自体がそもそもの罠で、私の攻撃を誘っている……?
順当に考えるのならば、カウンターを狙っているテミスが選ぶ策は後者だろう。
けれどテミスなら……大きな隙を晒す事さえも承知で、勝負に出るのは大いにあり得る。
「ッ――!!」
脳裏をぐるぐると駆け巡る二つの可能性に、フリーディアの手が僅かに止まった時だった。
「っ……」
ニィッ……。と。
顔すらも伏せていたテミスの顔が大きく歪み、低く保たれていた身体が、まるで何かに射出されたかの如く、一気に前へと飛び出した。
「そこだッ!!!」
「ッ……!!! しまッ……!?」
フリーディアへと肉薄しながら、テミスの咆哮が猛々しくあげられる。
瞬間、フリーディアは鋭く息を呑むと、自らの脳裏を巡っていた選択肢を投げ捨て、眼前のテミスへ向けて留めていた剣を一気に振り下ろしながら、胸を満たす悔しさに固く歯を食いしばった。
眼前に突き付けられた、攻めるか守るかの二つの選択肢。
この選択自体が、そもそもテミスの仕掛けた罠だったのだ。
テミスが欲したのは僅かな時間。
剣を抜いて振るうには短くとも、一歩前に進むには足る程の刹那。
普通なら、あんな動きを見せられれば迷う事無く攻めるか守るかを選ぶだろう。けれどテミスは、私が逡巡するであろうと解っていてあえて大き過ぎる隙を晒し、正解の無い二択を押し付けたのだ。
「ッ……!!」
「っ~~~~!!!」
互いに腕を伸ばせば触れる事ができるほどの距離で、二筋の剣閃が同時に弧を描く。
一つは、テミスの腰に提げられた鞘から抜き放たれた刀が、フリーディアの目を以てしても捉え切れないほどの速さで振るわれた一閃。
もう一つは、肉薄したテミスの頭上から、まるで竹を割るかの如く一直線に振り下ろされたフリーディアの一閃。
どちらに籠った気迫も凄まじく、この場に武の心得を持つ余人が居たとすれば、二人が相打ち倒れる事を確信しただろう。
だが。
二人の放った剣閃は寸前の所で止まっており、フリーディアは首筋に刀を添えられた格好で、テミスは額のすぐ上に刃を留められた格好でピタリと静止していた。
「……私の負け……かしら……? 貴女の剣の方が速かったわ」
「いいや……引き分けだろう。たとえ私の刀が、僅かに早くお前の首を落としていたとしても、既に振るわれていたお前の剣は私の頭を叩き切っていた」
「そう……。なら、そういう事にさせて貰おうかしら。それにしても驚いたわ。その剣、抜き放つのが驚くほど迅いのね?」
「そういう技さ。身体の捻りや重心の移動、を利用するんだ」
「へぇ……? こう……かしら……? あらっ……!?」
二人はそのまま数秒硬直を続けた後、互いに剣を収めながら静かに言葉を交わす。
そして、まるで直前の諍いなど無かったかのように、二人は肩を並べて鍛練を始めたのだった。




