1452話 静と動の戦い
互いに得物を構えたまま、テミスとフリーディアは真っ向から睨み合う。
両手で剣を握り、身体の前でしっかりと保持する正統派な構えを取ったフリーディアに対し、テミスは上体を捻って姿勢を低く落した居合の構え。
北方由来の剣術である刀の扱いに詳しくは無いフリーディアであっても、鞘に刃を収めたままのあの奇妙な姿勢が、れっきとした構えである事は察しがついた。
「っ……!!」
「…………」
油断はできない。
戦闘用のそれへと意識を切り替えたフリーディアは、構えた剣を握る手に力を籠めると、ゴクリと生唾を飲み下してテミスの様子を窺った。
元々、ブラックアダマンタイトが用いられているとはいえ、あんな細身で大剣を振り回しているテミスの構えは、型に嵌まる事の無い異様なものだった。
しかし。だからこそ、粗削りで、幼少の頃から剣技を磨き上げてきたフリーディアにとっては付け入る隙も在ったのだが……。
「くっ……」
「…………」
自身を見据えて姿勢を落としたまま微動だにしないテミスを前に、フリーディアは密かに息を呑んだ。
気迫の籠ったその構えからは、僅かばかりのぎこちなさこそ散見されるものの、一番に感じたのは洗練された美しさだった。
――迂闊には飛び込めない。
フリーディアは直感的にそう判断すると、両手で握っていた剣から片手を外し、半歩片足を後ろへ引いて構えを変える。
「いくわよ、テミス」
「いちいち断る必要は無い。いつでもかかって来い」
「っ……言ってくれるわ……ねッ!!」
そして短く言葉を交わした後、フリーディアは淡々と言い切ったテミスの挑発に応じて、自らの言葉が終わる前に浅く前へと踏み込むと鋭い突きを放った。
だが、辛うじて間合いに入っている程度の身の入っていない突きは、テミスは僅かに身体を傾がせただけで易々と躱し、それを承知のうえで突きを放ったフリーディアも、即座に伸ばした腕を引き戻して構え直す。
「どうした? 大口を叩いた割りに、随分と臆病な攻めに見えるが?」
「……生憎ね。その手の挑発には乗らないわよ?」
……反撃は無い。
不敵な笑みを浮かべて軽口を叩き合いながらも、フリーディアは密かに思考を巡らせた。
テミスのことだ、今の一撃が誘いだという事には当然気付いているはず。けれど、いつもの打ち合いならたとえ誘いの一撃であっても、剣を打ち合わせたり逆に誘いの反撃を放って来るはず。
けれど、それすらも無いという事はおそらく……。
「……珍しいわね。我慢の苦手な貴女が返し技だなんて」
「クス……どうかな? 自分の読みに自信があるのならば試してみると良い」
「冗談。返し技に自分から飛び込んでいくなんて愚策、する訳が無いでしょう?」
己が内で結論を導き出したフリーディアが、クスリと笑みを浮かべて告げると、テミスは変わらず不敵な笑みを浮かべたまま悠然と言葉を返した。
だが、フリーディアがその挑発に応ずる事は無く、十分に間合いを取ったうえで、テミスの周りを回るようにじりじりと動き始める。
事実。フリーディアの予測は半分だけ的中していた。
この時テミスが狙っていたのは、フリーディアの踏み込んだ一撃を躱してのカウンターによる一撃必殺。
しかし、時に抜刀術とも呼ばれる居合いの技は何も、返しに特化した構えではなく、刃を収めた鞘を発射台として斬撃を放つ攻めも有している。
「フム……」
どうする……? と。
ゆっくりと自らの周りを回るフリーディアに応じながら、テミスは胸の内で呟きを零した。
居合いの技は一撃必殺の威力を誇る。だが一方で外した時の隙が大きく、そこいらの連中ならばいざ知らず、フリーディアクラスの使い手が相手となれば、その大きな隙は間違いなく致命傷と化すだろう。
故に、自ら攻め入る一刀では、一撃で仕留め切るのは難しいと判断したテミスは、フリーディアの隙を突いて放つカウンターを狙っていたのだが。
「ふふ……そっちがそのつもりなら、こちらから行くわよッ!!」
「っ……!!」
再び緊張感を帯びた睨み合いが続く中。
膠着を破って先に動いたのはフリーディアだった。
先程の一撃よりもわずかに深く前へと踏み込むと、再びテミスを狙って突きを放つ。
無論。テミスは放たれた突きを最小限の動きを以て躱すが、その頃には既にフリーディアは身を翻して突いた剣を引き戻しており、そのまま即座に二撃目の突きを放った。
「喰らうかッ!!」
「まだまだッ!! このまま決めさせて貰うわッ!!」
だが、身を躱した直後を狙った攻撃といえど、初撃で体勢を崩された訳でも無いテミスにとって避けるのは容易く、勇ましい声が響くと共にフリーディアの剣は再び空を切った。
しかし、二撃目の突きも初撃と同じく即座に手元へと引き戻され、フリーディアは凛と叫びを上げながら、畳みかけるかのように連続攻撃を放ったのだった。




