幕間 兄妹、仲睦まじく
とある日の昼下がりの事。
クルヤ達の後処理に関する追加の仕事をフリーディアへと丸投げし、執務室を抜け出したテミスは、鼻歌を口ずさみながら獣王の館へ向けて歩を進めていた。
何を隠そう、今日はヤタロウとの約束を果たす日。ヤタロウとヤヤの二人に、このファントの町を案内する日なのだ。
「あっ……! 兄様ッ! 来たッ!! 来ましたよッ!!」
「はは……そう急がなくても彼女は逃げないよ。だから――おぉっと……!!」
テミスが通りを抜け、幾つかの路地を曲がり、獣王の館が見え始めた頃。
通りの向こうからよくとおる少女の声が響いたかと思うと、二つの人影がこちらへ向けて駆けてくるのが見えた。
「こ……こら……! 気が急くのは理解できるけれど、袖を引っ張るのはやめなさい。僕はヤヤみたいに足が速くは無いんだ。転んでしまう」
「っ……!! も、申し訳ありません兄様ッ! 私……ついっ……!!」
「…………。フッ……そちらは相変わらずのようだな」
半ばヤタロウを引き摺るような形で、ヤヤはテミスの前まで駆けてくると、苦笑いと共に苦言を呈すヤタロウへ、慌てて頭を下げて謝罪をする。
そんな二人の仲睦まじい様子をひとしきり眺めた後、テミスはクスリと笑みを浮かべて、服についた埃を払いながら立ち上がるヤタロウへ皮肉を投げかけた。
「まぁね……お陰様で。それよりも、今日は何処へ連れていってくれるんだい?」
「っ……!! 兄様! 先に聞いてしまうのは野暮というものではありませんか? あっ……とと……。テミスさん、今日はよろしくお願いいたします!!」
「ン……あぁ……。とはいえ、あまり期待を膨らませるものではないぞ? 確かに自慢の町ではあるが、そこまでの期待に応えられるかはわからん」
「まさかッ!! 兄様から聞き及んでおりますとも!! 見た事も無い不思議な料理を出す食事処に、古今東西ありとあらゆる品を集めたが如き商店の数々ッ!! いったい何度、館を抜け出して町へ出ようと焦がれた事かッ!! あぁ……私はこの日を待ち望んでおりましたッ!!」
「っ……」
だが、テミスの予想を遥かに超えてヤヤの期待は留まることなく高まっていたらしく、挨拶もそこそこに、ヤヤは熱の籠った早口で自らの期待に満ちた胸の内をまくし立てた。
そこまでヤヤを焚きつけた犯人は言わずもがな、今真横で人畜無害な微笑を浮かべている何処ぞの王様で。
テミスは、ヤヤの途方もない熱量に気圧されながら、ありったけの非難を込めてヤタロウへと視線を送ると、胸の内で密かにため息を零した。
一応、ヤヤを楽しませるだけでなく、既にこの町を見て回っているヤタロウも楽しめるようにプランは立ててきた。
しかし、こうまで期待値が高くては、少しばかり趣旨を変えるか、もう一声切り札足り得る場所を追加すべきだろうか……。
「こらこら。そう詰め寄っては、いつまでたっても出発できないぞ? ほらみなさい、テミスも困っている」
「ハッ……!! し……失礼しましたッ!! でででで、では早速参りましょうッ!! さぁ! さぁっ!!」
胸を躍らせるヤヤを眺めながらテミスがそう考えを巡らせていると、パタパタと尻尾を揺らしながらテミスの傍らへとにじりよるヤヤを、ヤタロウがクスクスと笑いを零しつつやんわりと諫める。
すると、ヤヤは大きく息を呑むと共にテミスの傍らから飛び退くと、今度はそわそわと通りを右へ左へと、まるで元気の有り余った仔犬のように歩き回りはじめた。
「ククッ……そうだな。まずは、あそこからが良いだろう。ヤタロウを案内するのは二度目となるが……。お前の妹の為だ。付き合って貰うぞ?」
「勿論さ。さて、二度目か……。ふぅむ……? いったい何処だろう? 食事処にしては時間が少し早いし……」
「あぁ!! ですから兄様ッ! 夜々の楽しみを奪うのはお止めください!! 言わないで下さいよ!? 絶対ですからね!!」
言葉と共にテミスが最初の目的地である、ヤヤの脇差しを仕立て直した武具屋へ向けて歩き筈めると、大きく頷いたヤタロウが早速とばかりに向かう先を考察し始める。
そうして、ぶつぶつと思考を呟き始めるヤタロウに、ヤヤは声を上げて駆け寄っていくと、歩きながら器用にヤタロウの服を引っ張りながら、猛然と文句を投げつけ始めた。
「ふふ……やれやれだ……」
そんな二人と肩を並べてファントの町を歩きながら、テミスは柔らかな笑みを零すと、傍らから響く賑やかな声へのんびりと耳を傾けたのだった。




