幕間 華やかなる酒宴
夜もとっぷりと更け、パン屋や出立の早い冒険者のような早起きな者達が眠りにつき始めた頃。
ファントの町に新設された、獣人国家ギルファーの滞在拠点である獣王の館では、笑い声の絶えぬ宴が続いていた。
戦闘訓練に用いる事ができるのではないかと思うほど広い大広間には、数々の机が設えられ、その上に美味そうな香りと共に湯気をあげる料理が並んでいる。
「はっはっはっ!! まさか、君たちの間にそんな事があったなんてね……今の二人からは想像もできないよ」
「……聞いているだけで、血が沸き立ち、胸が躍るお話でした。その……こう言っては何ですが、驚きでいっぱいです。フリーディアさんは、本当に人間なんですよね?」
そんな明るい騒がしさに包まれた大広間の片隅では、ヤタロウとヤヤにせがまれたフリーディアが、ちょうどかつて戦場でテミスと剣を交えた時の事を語り終えていた。
尤も、語り手がフリーディアである以上、視点は彼女の方向からのもののみであったのだが、強大な敵として語られるテミスと対等以上に渡り合ったフリーディアに、ヤヤは目を輝かせ、ヤタロウは興味深げに笑みを零した。
「それは……実は私も思っていました。人間の身で何故か魔力を有しているテミスさんは兎も角、フリーディアさんは魔法を使えないのですよね? それなのにあのテミスさんと真っ向から戦えるなんて……。いったいどんな鍛練をしているのですか!?」
「っ……!! 私も!! 気になりますッ!! 是非ご教示いただけませんかッ!!」
「別に……何も特別な事なんてしていないわよ……。それに、確かにテミスってとんでもなく強いけれど、あれでいて実は脇が甘い所があるし……剣術だってまだまだ力任せだわ?」
ともすれば、種族蔑視とも受け取られかねないヤヤの問いを覆い隠すかのように、机を同じくしていたシズクは朱のさした頬で身を乗り出すと、力を込めてフリーディアに問いを重ねる。
すると、シズクの問いに乗じてヤヤもピクリと眉を跳ねさせ、揃って身を乗り出すと、期待に瞳を輝かせてフリーディアへと視線を注いだ。
しかし、フリーディアはそんな二人の問いが気に障った様子もなく、気品の溢れる所作で酒杯を呷ると、穏やかな微笑みを浮かべて答えを返した。
「ふふっ……。そう言ってのける事ができる時点で、君も相当な実力者だよ。特に、あの戦いで本気のテミスを見た僕としては、戦慄すら覚えるほどだ」
「過分な評価、光栄です。ところでテミス? さっきから私ばかり喋らせてずっと黙っているけれど、貴女の感想も聞かせなさいよっ!! ……って、あれ……?」
ヤタロウの賛辞に、フリーディアは静やかに頭を下げて応えると、肩を並べている筈のテミスに水を向ける。
だが、テミスが座っている筈の席にその姿は無く、綺麗に平らげられた料理の皿と飲み干された空の酒杯だけが残されていた。
「テミスさんなら先程、席を立たれていましたよ? ですが確かに……少し戻りが遅い気もしますね……」
「っ……!! もしや……酔いに呑まれて、何処かで眠っているのでは……!? これは意外な弱点っ……!?」
「ヤヤ。残念ながらその予想は外れだよ。彼女は、ギルファーで宴を開いた時も、最後まで頬に朱一つ浮かべる事無く杯を傾けていた程の酒飲みさ。しかも、翌朝に皆が残った酒で苦しんでいるにも関わらず、顔色一つ変える事無く介抱にまわっていたよ」
「あはは……そんな事も……ありましたね……」
言葉の後、テミスの空席を見て小首を傾げるフリーディアに、シズクが自らの杯に新たな酒を注ぎながらそう告げると、それを聞いたヤヤがガタリと音を立てて立ち上がる。
しかし、ヤタロウはそんな妹を諫めるかのように肩へ手を置くと、かつての酒宴を思い出しながらしみじみと語り聞かせた。
「そんな事が……。でしたら、何処へ行かれたのでしょう?」
「フム……? 確かに。彼女の事だ、道に迷ったという事はあるまいし……」
「っ……!!! まさかっ……!! ヤタロウ様、少し失礼しますッ!!」
その言葉に、ヤヤが自らの席へと腰を下ろしながら疑問を漏らすと、今度はフリーディアが弾かれたように立ち上がり、一同へ向けて頭を下げてからその身を翻す。
「あっ……!? フリーディアさん!?」
「クス……心配いらないよ。いってらっしゃい。さ……こちらはこちらで楽しくやろう」
そんなフリーディアにヤヤは不安気に声を上げるが、ヤタロウは小さくなっていくフリーディアの背中に穏やかな笑みと共に声を掛けた後、空になっていたヤヤの酒杯に新たな酒をつぎ足しながら朗らかに告げたのだった。




