幕間 縒り合う生命
サーベルファングを討伐してファントへと帰還した後、テミス達一行と別れたクルヤ達は、唯一無傷だったクラートを伴って町の郊外へとやってきていた。
人気のない、恐らくは倉庫と思われる建物の隙間。クルヤはそこへ背負ってきたアレックスの遺体を静かに寝かせると、ゆっくりとその胸に手を当てる。
そして、まるで無防備に背中を晒すクルヤを護るかのように立つヴァルナとロノを越えて、静かな声で口を開いた。
「くれぐれも……これから起こる事は他言無用だ。この一件について、何一つ喋る事は許さない。良いね?」
「っ……!! も……勿論だ……ッ!! そんだけでホントに……コイツが生き返るってなら……俺は悪魔の手下にだってなるぜ!!」
「っ……!」
「悪魔……ねぇ……。そんなに悪辣な人物になったつもりは無いのだけれど……。まぁ、神様の使途だなんて持て囃されるよりずっといいかな」
クラートの言い回しにヴァルナが僅かに悋気を滲ませるが、当のクルヤは特に気にした素振りもなくクスリと笑みを零すと、自らの力をアレックスの遺体へと注ぎ込み始める。
「命よ……繋げ……ッ!!」
だがはじめは、何も起こる事は無かった。
大きな穴の開いた容れ物に水を注ぎ続けるかの如く、クルヤの掌から注がれた不可視のエネルギーが、延々と垂れ流され続けるだけ。
「たとえその灯火が消えようと……再び立ち上がる力を……!」
それでも、クルヤは構う事無く祈るように言葉を紡ぎながら、膨大な量の力をアレックスの遺体へと注ぎ続けた。
「残酷なる世の理を跳ね除け、既知の事実を退け、希望を紡ぐ……!! 今ひとたび……ここに生命を創り出すッ!!」
止めどなく注がれる力の奔流は、アレックスの遺体に留まる事なく周囲へと溢れ出て吐いたものの、気が付けばいつの間にか、地面に横たわるアレックスの遺体が淡い光を放ち始めていた。
何が起きているのかわからない。
目の前に映る何処か神秘的にも思えるような光景に、そう胸の中で言葉を漏らしながらも、クラートは藁にもすがるような思いで、ただヴァルナとロノに守られるクルヤの背を見守っていた。
「さぁ……目を覚ますんだッ!! 君はまだ、ここで終わるべきではないッ!!」
まるで聖句でも読み上げるかの如く、クルヤが力強く言葉を紡いだ時だった。
周囲へと迸る力の奔流が突風と化して吹き渡り、淡く輝いていたアレックスの遺体がひと際強く輝き始める。
「お……おいっ……!!」
「大丈夫。もうすぐ終わるわ」
その異様な様子に堪りかねたクラートが、焦りを隠しきれぬ声でクルヤの背へと声を投げかけた。
しかし、クラートの眼前に立っていたロノがすぐさま静かな声で口を開くと、無意識に一歩前へと踏み出ていたクラートを諫めるかのように、その胸へと手を当ててゆっくりと押し戻した。
そして……。
「……。っ……? こ……ここ……は……?」
ピクリ。と。
地面に力無く置かれていたアレックスの遺体の手が跳ねると、同時に遺体から放たれていた眩い光が一気に霧散した。
それから僅かな間を置いて、ぎちりと鎧の軋む音が響いたかと思うと、最早響くはずの無い声が、困惑の色を浮かべて言葉を紡いだ。
「っ……!! ゼェッ……! ハァッ……フゥッ……!! おはよう、アレックスさん。混乱しているだろうけれど……すまない、少しだけ休ませてほしい。それからしっかりと説明するよ」
目を覚ましたアレックスに、クルヤは大量の汗を滴らせて荒い息を吐きながらも、柔らかな言葉をかけると、どさりと後ろに倒れ込むかのように尻もちをついて、穏やかな笑みを浮かべたのだった。




