1449話 変わらぬ夜明け
クルヤ達との戦いが終わった後、テミスたちを待ち受けていたのは膨大な量の後処理だった。
新たに捕らえたクルヤに関する手続きや、この町に留まることを決めたヴァルナ達の住処の手配など……全てが終わる頃には、空はうっすらと白みはじめていた。
「ふぅ……ひとまず、取り急ぎ必要な事柄はこれくらい……か」
「お疲れさまですテミス様。コーヒーでも飲まれますかな?」
「いや……気持ちだけ貰っておこう。こうも疲れている癖に目だけ冴え切られては後が地獄だ。ありがとう、マグヌス」
「なら、私は貰っても良いかしら? 私、この後は朝の鍛練をしてから、自警団の方に打ち合わせに行かなくちゃいけないの」
「畏まりました」
背もたれに身を預けながら背筋を伸ばしたテミスに、進み出たマグヌスが穏やかな声で休憩を勧める。
しかし、既にこの後の予定は睡眠という重大な任務で埋まっているテミスはマグヌスの申し出を断ると、涼やかな笑みを浮かべて礼を言った。
すると、隣の机で書類にペンを走らせていたフリーディアがその手を止めると、軽く手を上げてマグヌスへと声を掛ける。
「おいおい……夜を徹した上に戦闘までこなしたんだ。今日一日くらい、執務はマグヌス達に任せて休めばいいだろうに」
「馬鹿を言わないの。約束は約束よ。それに、マグヌスさんだってずっと私達が戻るのを待っていてくれたんですもの。寝ていないのは同じだわ」
「それは……そうだが……。お前の事だ、鍛練を欠かす気は無いのだろう。ならばそれは兎も角として、今の自警団にお前が出向くほどの価値があるとは思えないが?」
「だからこそよ。魔族の人たちを追放して落ちてしまった自警団の戦力を、私達で補わなきゃ」
「ハッ……物好きな奴だ。自業自得だろうに」
「えぇ、私の自業自得よ」
「っ……! いや、そういう意味ではなくてだな……」
テミスがフリーディアの方へと視線を向けると、彼女の目の下にはうっすらと青黒い隈ができ始めていた。
故に、テミスにしては珍しく、心の底からフリーディアの身を労わっての言葉だったのだが……。
普段の言動が災いしてか、言葉は想定とは異なる意味で捉えられ、テミスは眉根に皺を寄せてモゴモゴと口ごもった。
「クス……わかっているわよ。だからそんな顔しない。いつもの仕返しなんだから」
「なっ……!!」
「それより、バニサスさん達はどう? やっぱり自警団に戻ってきてもらうのは難しいかしら?」
「チッ……全く……ヒトが本気で心配してやったというのに……」
だが、フリーディアはすぐに悪戯っぽい笑みを浮かべると、話題を切り替えるようにテミスに問いかけた。
その問いは恐らく、フリーディアが自警団へと足繁く通っている理由の一つでもあり、テミスとしては答えない訳にはいかぬ問いではあった。
けれど、自らの純粋な気持ちを弄ばれた身としては釈然としない気分を飲み込む事ができず、テミスは唇を尖らせて文句を零してからゆっくりと口を開いた。
「フム……難しくはあるだろうな。だが、不可能というほどではあるまい。あれでいて義理堅い男だ、筋さえ通せば古巣へ戻るのも否やとは言わんだろう。だが、自警団はバニサス達を身勝手にも追い出した立場だ。どう始末をつけるにせよ、その辺りの落とし前はきっちりと付けるべきだろうな」
「うぅ……そうよね……。それに、今バニサスさん達を雇っているマーサさん達のこともあるし……」
「あぁ。用心棒の代役と相応の謝意。最低でもこの二つを用意しなければ、首を縦には振るまい。それにこちらとしても、あれ程腕も良く、人柄も信の置ける用心棒をただ手放すのは惜しい」
「わかっているわよ……。最悪、私の部隊から人を回すわ……。お願いだから、これ以上頭の痛くなるような問題を増やさないでちょうだい……」
フリーディアの問いに、テミスはバニサスの事を思い浮かべながら言葉を返すと、最後に結論と共に、彼女が見落としているであろう問題を指摘する。
すると、フリーディアは深い溜息と共にがっくりと肩を落としながら項垂れると、傍らから静かに差し出されたコーヒーへと手を伸ばして口に含む。
魔族を虐げたあの一件からしばらく時間も経ち、彼の者がファントへともたらした傷は次第に癒えつつある。
しかし、癒えつつあるというだけで全てが元に戻ったという訳では無く、バニサスのようにファントに居ながらも職を変えた者や、そもそもファントの町から去ってしまった者だって居た。
加えて人間達の側にも、一度覚えた優位という名の快感を忘れ得ない者も居て。
両者の間に産まれてしまった溝は、未だ完全に埋まったとは言い難い。
「いっその事だ。面倒な駄々をこねている連中をまとめて挿げ替えるか? いつまでも下らん我儘に付き合っている訳にも行くまい」
「駄目よ! そんな事をすれば、貴女が……ひいてはこの町が恨まれてしまうわ。大丈夫、この件は私に任せて。時間がかかっても、必ず説得して見せるから」
「そうか。ならば好きにしろ。さて……今から帰ったとしても邪魔になるしな……私はどこか寝床でも探すとするかな」
こうして執務の話をしていると、また日常が戻って来たのだと実感する。
そんな、何処か退屈で面倒だとすら感じる感覚を噛み締めると、テミスはのんびりと背筋を伸ばしながら席を立った。
その背後。
ちょうど、キラキラと輝く朝日が照らし始めたファントの町の上空には、ため息が漏れるほど透き通った蒼空が広がっていたのだった。
本日の更新で第二十三章が完結となります。
この後、数話の幕間を挟んだ後に第二十四章がスタートします。
友好国であるギルファーとの間に緊張が走る中、テミスは紡いだ絆と信用を以て軋轢を回避しました。
そして訪れた輝かしい友との日々、そこへ姿を現したのは胸の内に思いを秘めた冒険者たちでした。
決して譲れないものを背負った彼等と、護るべきものを背に相対するテミス。怨嗟とも悪逆とも異なる相手からも見事テミスは平穏な日々と町を守り抜きました。
そして顔を覗かせた、一抹の慈悲。その変化は、彼女に何をもたらすのでしょう。
続きまして、ブックマークをして頂いております745名の方々、そして評価をしていただきました121名の方、ならびにセイギの味方の狂騒曲を読んでくださった皆様、いつも応援してくださりありがとうございます。
また、頂戴しました感想も大変嬉しく、心躍る思いです。重ねて深く御礼申し上げます。
さて、次章は第二十四章です。
ギルファーとの誤解も解け、無事に平和な日々を護り抜いたテミス。
町には新たな住人達も加わり、ファントの町は更に活気を増していくことでしょう。
ですが、町を治めるテミスたちはとても忙しそうに奮闘していました。
そんなテミスたちに、のんびりと気を抜くことの出来る日々は来るのでしょうか? それとも、未だ町に燻っている火種が燃え上がってしまうのか……?
セイギの味方の狂騒曲第24章。是非ご期待ください!
2023/08/21 棗雪




