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133話 ひと時の凪

 翌日。ファントの町は、敵の軍勢が目前まで迫っている事が嘘のような賑わいを見せていた。通りには大勢の人で混み合い、様々な店もここぞとばかりに声を張り上げている。


 そんな町の一角。数週間ぶりに自室で目を覚ましたテミスは、窓から差し込む朝日を浴びながら大きく伸びをすると、目を擦りながら身支度を始めた。


「おーい。テミス~? 起きてる?」

「あぁ……今起きたところだよ。アリーシャ」

「そかそか。良かった。もうお二人とも起きてるよ。朝食、お出ししてるからね」

「あ~…………解った。すぐに向かう……」


 扉越しに響くアリーシャの声に頭を揺らして答えると、テミスはのろのろと軍服に袖を通し、部屋の傍らに立てかけてあった漆黒の大剣を手に取って動きを止めた。


「フム……いくら戦時中とはいえ常時持ち歩くのは邪魔なんだよなぁ……」


 テミスは力なくひとりごちると、大剣に寄り添うように立てかけてある片手剣へと視線を向ける。愛剣と言えば間違いなくこのブラックアダマンタイトの大剣なのだろうが、ルギウスから譲り受けたこの剣も名刀だ。平時の取り回しを考えると、どうしてもこちらに軍配が上がってしまう訳だが……。


「……よし」


 テミスは一つ頷くと、大剣から手を離して片手剣を腰に帯びた。

 よくよく考えれば、急襲されても増員した見張りが急報を発するだろうし、こちらから攻め込むのであれば詰め所から出撃だ。ならば、昨日は思わず持ち帰ってしまったが、冷静に考えれば今まで通り詰め所で保管すべきだった。


「ハァ……明日で良いか」


 テミスは一つため息を吐くと、姿見の前で身だしなみを整えてから部屋を後にした。あまりのんびりとしていて、奴らの相手をアリーシャに任せるのはいくらなんでも可哀そうだ。


「おはよう」

「やぁ、お早う。よく眠れたかい?」

「おはよう。ふふっ……貴女は朝が弱いのね」


 テミスは階下に降りると、迷いなく一つのテーブルへと向かい声をかける。すると、そこで楽し気に朝食をとっていた二人が、笑顔と共に挨拶を返してくる。


「うるさい。こちとら、お前を助けた前日から強行軍なんだ。いくら私でも疲れくらいは溜まるさ」


 テミスは半眼でフリーディアに返すと、自らも椅子を引いて席に着く。その様子を、他の客たちが興味深げに眺めていた。朝が弱いのは重々承知しているが、何故かこの場でそれを認めるのは癪だった。


「それにしても、昨日は大変だったね」

「えぇ……。我が事ながら頭が痛いわ」

「フフッ……お互い様さ」


 何かを察したルギウスが話題を変えると、皿に盛られた野菜をつついていたフリーディアが目線を逸らしながらそう呟いた。


「クククッ……そもそもが敵同士なのだ。あの程度の諍いで済んだのならば僥倖だと思うがな」


 私からしてみれば、何故この二人がここまで打ち解けているのかが不思議で仕方がない。どこでウマが合ったのかは知らないが、下におりてきた時に同じテーブルを囲んでいるのを見つけた時には我が目を疑ったものだ。


「はいっ! テミスお待たせ。昨日の戦い、そんなに大変だったの?」

「ありがとう……いや、戦いではなくてな……」

「ちょっとした喧嘩みたいなものさ」


 テミスの分の朝食を運んできたアリーシャが問いかけると、言葉尻を濁したテミスの代わりにルギウスが答える。昨日は、執務室での話し合いの結果を各部隊に伝えた後、彼等の休む場所を巡って戦いに発展しかけたのだ。


 争いの大元は、この町の詰め所に1軍団分の宿舎しか設えられていない事だった。元々の数が少ない十三軍団と、ラズールに防衛戦力を残してきている第五軍団だけならば収容できたのだが、そこに白翼騎士団が加わるとそのキャパシティを越えてしまっていた。そこから、宿舎を利用する権利を巡って争いが始まりかけたのだ。


 だが私としては、アリーシャにはそんな事を気にすること無く日常を謳歌して欲しいものだが……自分の生活圏で戦いが起きていては無理という物か……。


「へ~。そうなんだ……。軍団長さんも大変なんですね~。っと、あんまり邪魔しちゃいけないね。では、ごゆっくりっ!」

「ハハ……こういう時ほど、軍団長と言う肩書をかなぐり捨てたくなる瞬間は無いね……」


 ルギウスの言葉にピクリと肩を震わせたアリーシャは笑顔でそう返すと、軽い足取りで別のテーブルへと足を運んでいった。その背中を見守りながら、寂し気に微笑んだルギウスはそう零した。


「まぁでも……テミスには感謝してるわ。あれ以上の解決策は無いと思う」

「それは同感だね……毎度の事ながら、君のその発想には驚かされるよ」

「いや、別に特別な事でもないと思うがな……」


 二人が口を揃えてそう告げると、テミスはアリーシャの運んできた朝食に手を付けながら眉を顰めた。

 そう。別段特別な事などしていない。空いている中庭に十三軍団の野営陣を貼り、宿舎の部屋とテントの使用権を第五軍団と白翼騎士団に半分づつ割り振っただけだ。平等性を叫ぶのなら部隊内でローテーションを組めばいいだけだし、昔学校なんかで使われていた手法を真似てみただけなのだが……。


「コホンッ……それよりもルギウス。すまないが今日は任せるぞ」

「ああ。わかっているとも。ギルティア様から援軍が来るのもしばらくかかるだろうし、彼女にこの町を見て貰うのは僕も賛成だ」

「そう言われると、なんだか私だけ観光をするみたいで嫌なのだけれど……」

「ククッ……安心しろ。いくら白翼騎士団の人間とは言え、客に生野菜のサンドイッチと白湯のスープを出すような店はこの町には存在しない」

「ちょっ……テミスッ!?」

「ほほう? その話には大いに興味が魅かれるね」

「そうか? あれはまだ私が魔王軍に所属する前の話なのだがな……」

「ルギウスさんも食いつかなくて良いですからっ! テミスも何で話を始めるのよっ!?」


 事務的な確認を交えた後で談笑へ舵を取り直すと、顔を赤くしたフリーディアの絶叫が店に響いたのだった。

2020/11/23 誤字修正しました

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