13話 ヒトの勇者
テミスが炎に誘われるまま階段を登った先の廊下を抜けると、再び小広いホールのような場所にたどり着いた。それぞれの壁には一本づつ廊下が続いているが、怪しげな光による誘導は無い。
「サービスはここまで、後は自力で来いという事か……」
「否。貴様の命運が、ここで尽きるという事だ」
誰ともなしに呟いた皮肉に、壮年の男の声が応じ、正面のひと際大きな廊下から三つの影が歩いてくる。その落ち着いた歩調や、やたら芝居がかった言葉から、相当な実力者であることがうかがえた。
「責任者の……方ですかね?」
徐々に姿を現す連中を警戒しながらも、テミスは対話を試みる。私はそもそも、この魔王城に攻め入ってきたわけではないのだ。
「魔王軍十三軍団が一つ、第三軍団軍団長、リョース・アヴール」
先ほどと同じ声で、真ん中を歩くエルフの男が答える。軍団長とはまた大物が出てきたが、問答無用で襲い掛かってくるような外の連中よりは話せそうだ。
「私はテミス。故あって魔王様にお話があって参った」
「笑止ィ! 門から切り込んできて対話など、笑わせるなァ!」
「全く、嘘にしてももう少しましな嘘をつくべきだわ」
対話を求める私の言葉に、数歩後ろに随伴する異形のモンスターと魔女然とした恰好をした女がいきりたつ。
「アンドレアル殿。例え敵とはいえ、相手方が名乗っているのだ。名乗らずに襲い
掛かれば、奴等と同種になるのではないか? ドロシー殿も」
猛りのままに巨大な拳を構える異形の者を、リョースと名乗ったエルフが手で制し、魔女を視線で諫めた。
「魔王軍十三軍団が一つ、第七軍団軍団長。アンドレアル・アギュト」
「同じく、第二軍団軍団長。ドロシー・ウィッケルト」
リョースに頷いた後ろの二人が名乗りを上げる。立ち位置からして、リョースの部下か側近だと思っていたが、まさか軍団長だとは……。
「っ……」
無意識に喉が鳴る。戦闘になったとしても、渡り合えない事は無いはずだが、勝てるビジョンが全く浮かんでこない。特に、外見から戦闘スタイルの掴める二人と異なり、最初に名乗ったエルフ、リョースの底が知れない。
「何度も申し上げるが、私は戦いに来たのではない。まさか、問答無用で攻撃されて、無抵抗で居ろなどと蒙昧な事を仰ることはあるまいな?」
「無論。だがその論は貴様には当てはまらん」
無慈悲にこちらを見据えながら、リョースは背負った大きな太刀を抜く。
「馬鹿を言うな! 何故だ!」
「それは、あなたが人間で、ここが魔王城だからよ」
「っ……だが、魔王領にも人間は――」
「この王都で、人間を見かけたか?」
「グッ……」
確かに、この町の門を潜ってからは一度も人間の姿を見ていない。いや、それどころかここ2~3日はヒトの姿は見ていないだろう。
テミスは自分の論をことごとく封殺され、押し黙る。戦時中の領土侵犯と考えれば、奴等の論に軍配を上げざるを得なかった。
「だが、私は本当に攻め入って来た訳では――」
「黙れ。問答は終いだ。構えすらせず、ただ私に斬られるのを是とするならば、口上を述べ続けるがいい」
そう締めくくると、リョースが抜き放った太刀を大上段に構える。同時に、背後の二人の軍団長も戦闘態勢を取った。
「チッ……天下の軍団長様ともあろう者が、たかが人間相手に三対一とはな」
場の緊張感が一気に高まり、テミスの頬を冷や汗が滴る。戦うのであれば、少しでも有利な状況に持って行かねば勝ち目がない。
「お前達人間共が、いつもやっている戦法だろォ! いざ受ける側になると文句を垂れるか卑怯者ォ!」
異形のモンスター、アンドレアルが荒々しく吠えると、真っすぐ飛び出してきてその剛腕を振るう。
「なっ……」
だが、テミスはそれを避けることなく、その巨大な拳を片腕で受け止めた。衝撃がテミスの体を伝い、耐え切れなかったホールの床に亀裂が走ると、三人の軍団長の顔が驚愕に塗り替わる。
「どうした、筋肉ダルマ。そのご立派な筋肉は見せかけか?」
巨大な大剣を軽々と振り回すことができた経験から、神の加護を信じて異形の拳を受け止めたが無茶だったようだ。折れてはいないみたいだが、鈍い痛みがじくじくと腕を襲ってくる。
「バ、馬鹿なァッ! お前本当に人間ッ……」
アンドレアルが逆の腕を振るうが、ひらりと身を躱す。無駄に筋肉をつけるとパワーは上がるがスピードが落ちるのだ。
「そら、反撃だ」
テミスは拳を躱したスピードを生かして、アンドレアルの懐に潜り込み、横薙ぎに剣を振るう。
「っ!? チィッ……」
今度はテミスが驚く番だった。胴を切り落とすつもりで薙いだ剣が、鈍い音と共に隆起した筋肉に浅く食い込んで動きを止める。
「事前に強化魔法でもかけて来たかッ!」
即応したアンドレアルに一歩遅れて、ドロシーが魔法らしき光を放つ。
「そのまま、捕らえておけ」
魔女の放った光と同時に、リョースの静かな声が聞こえ戦慄する。焦り気味に放った魔女の魔法はともかく、リョースの一撃は確実に私を屠るつもりで来るはずだ。ちょうどアンドレアルに隠れて姿が見えないが、既に切り込んでくる姿勢のはず、今更剣を棄てて後ろに退いた所で結果は変わらないだろう。
「ならばっ!」
テミスは、浅くアンドレアルの腹に食い込んだ剣を手放し、その巨躯で覆いかぶさるように捕まえようと動くアンドレアルの股下を潜り抜けて前転する。
「何ッ!?」
次の瞬間、開けた視界に映ったのは、アンドレアルの右側から刺突を突繰り出そうとしているリョースが、無理矢理に体を捻る姿だった。
「フン……」
一筋の勝機に、思わず笑みが漏れる。今は素手だが、錬成で武器を補完することは容易。しかも、前衛二人は私の後ろで、後衛の魔女は魔法を撃ったばかり。
「獲った!」
確信と共に、地面を蹴って飛び出し、石畳を錬成して太刀を創り出す。
「クッ……」
魔女が目を見開いて、手を広げた。魔法陣が展開されるが、迎撃の間に合うタイミングではない。
「ハァッ!」
テミスは気合と共に、魔法陣ごと斬り飛ばす勢いで太刀を振り下ろす。
「グッ……」
しかし太刀は、ガキィンという硬い衝撃と共に、魔法陣に弾かれた。魔女が展開した魔法陣が盾のように働き、視界の端で反転したリョースがこちらに駆ける姿を捉える。
「月光斬ッ!」
テミスは弾かれた太刀の勢いを利用して反転し、そのまま振り向くように体を捻りながら技名を叫んでリョースに斬撃を飛ばす。
奴が回避するなりしているうちに、魔女にもう一撃を加えたい。前方に魔女、後方にリョースとアンドレアルが居る今、何としてもここで目の前の魔女を落とさなければこちらに勝ち目はないだろう。二度も先程のようなも奇策が通じるような相手でない事くらいは解る。
「剛竜、爆砕牙ッ!」
テミスの叫び声に呼応して、創り出した太刀が金色の光を帯び、一気に肥大化する。
「まずッ――」
光に照らされた魔女の顔に、初めて恐怖が宿った。爆発を伴う技のため実験で使う事は出来なかったが、間違いなく威力は絶大。この技が出てくるアニメでは、鉄壁の盾を持つ敵将を、その盾ごと切り裂いたとある主人公の切り札だ。
――ピシッ。
巨大な大剣と化した太刀から、嫌な音が聞こえる。見ると、太刀の中ほどから薄い亀裂が走っている。
「間、にっ……合えェ!」
太刀を振り抜くと同時に爆音が鳴り響き、魔王城を揺らした。
「ガハッ……」
気が付くと、爆風に吹きとばされたテミスの体は逆側の壁にめり込んでいた。
「やった」
半ばから折れた太刀を握り締めながら、願いを込めて呟く。今は粉塵が酷くて見えないが、今に両断された魔女が見えるだろう。残りは二人。
「そこまでだ」
アンドレアルとリョースの追撃に備えて、折れた剣を構えていると、聞き覚えのない声と共に、一気に粉塵が晴れる。
「なん……」
晴れた視界の中には、自分とは逆側の壁にめり込んで気を失っている魔女と、リョースを護るように立っている無傷のアンドレアル。そして、恐らくは声の主であろう、こめかみ辺りから丸く曲がった角の生えた漆黒の髪の男が、いつの間にかホールの中央に立っていた。