1445話 骸たちの願い
「ゼェッ……ハァッ……漸く……かッ……!!!」
「グ……ォ……ォォ……」
ズズン……。と。
重たい地響きと共にクルヤの巨体が膝を付き、そのままグラリと傾いで地面へと倒れ伏す。
ここに至るまでにテミスが放った新月斬は優に107発。
急所を庇う巨椀を打ち崩し、続けざまに放たれる斬撃に応ずるべくがむしゃらに繰り出された拳を避け、一発たりとも外す事無くその身へと叩き込んだのだ。
「っ……!! 大した……耐久力だよ……ッ!!」
クルヤが力尽きたのを確認すると同時に、テミスもまたザクリと大剣の切っ先を地面へと突き立て、荒い息を吐きながら賛辞を零す。
能力を用いて放つ月光斬であれば兎も角、完全に自分だけの技量で放つ新月斬は消耗が激しい。
それをこれ程続けざまに打ち続ければ、いくら強靭な体力と精神力を持つテミスといえど疲弊は避けられず、全身を襲う気怠さに抗いながら、突き立てた大剣に身体を預けた。
完全に想定を超えた強さだった。
クルヤが戦いそのものに慣れていなかったお陰でこちらが圧倒する事ができたが、あの巨体とそれに見合った膂力を以て剣技を繰り出されれば、こちらも殺さずに仕留めるなどと生温い加減をしている余裕など無かっただろう。
「……あちらも、終わったか」
ふと気が付けば、鳴り響いていた剣戟の音や爆発音は止まっており、長く広い通りの向こう側からこちらへとゆっくり歩んで来る人影が見える。
その姿は見紛うはずも無く。
フリーディアにサキュド、そしてヴァイセであり、その隣には彼女たちと戦っていた筈のクルヤの仲間達が連れ立っていた。
「……有難う、サキュド殿。…………。クルヤは……負けたのだな……」
「あぁ。如何なる思いを抱いていようと、如何なる理由を抱えていようと、悪いがこの町は譲れない」
「だろう……な。これ程好い町を創り上げたのだ。思い入れもひとしおだろう。それを横から奪い取ろうなど、最初から企むべきでは無かったのだ」
「…………」
一行がテミスの前まで辿り着くと、中からサキュドに肩を借りていたヴァルナが静かに進み出て言葉を紡ぐ。
そこには既に敵意や殺意はなく、故にテミスも身構える事はせず、静かに言葉へと応じた。
「私達としては、どんな所だろうとクルヤと一緒に楽しく過ごせるのなら……良かったんだけれど」
「クス……そう言われたとしても、より良いものを……もっと喜んでもらえるものを……と手を伸ばしてしまうものさ。男というヤツはな」
「む……随分と知ったような口を利く。 ふむ……改めて見ても、大して年も重ねていない筈だけれど?」
「っ……! そう聞いたのでな。友人に。つい最近。暇つぶしの折にな」
「たぶんそれ、暇つぶしなんかじゃないと思う……」
続いてロノが、傍らでどこか悲しげな表情を浮かべているヴァイセに見送られながら進み出ると、ヴァルナの言葉を継いで淡々と喋りはじめた。
彼女はクルヤの仲間達の中で最も傷が少ない所為もあってか、以前に見かけた時と変わらぬ調子で言葉を紡いでいた。
だが、ロノもヴァルナの隣に立つと静かに視線を絡めて頷き合って口を噤む。
「…………」
「知って……居たのだな……? お前達は……」
「っ……。あぁ。私とロノはクルヤのすぐ傍で事切れた。だから、依り代に最も力の在るものを……心臓を使う事ができたんだ」
「私は寂しさ。ヴァルナは重責。……そしてあなたは後悔。死んだときの記憶が無いのもそのせい。クルヤの剣にべったりと染み付いていた血を使うしか無かった」
「そうか……」
何処か虚ろな眼差しで、フラフラと進み出たイメルダは、真正面に立つテミスには目もくれず一直線に仲間達の元へと向かうと、力の無い声で問いかけた。
そんなイメルダに、ヴァルナとロノは沈痛な面持ちを浮かべて答えると、何とも言えない沈黙が彼女たちの間に横たわる。
そして。
「……テミス殿。知っての通り我々三人はクルヤに作り出された存在。既に一度命を落とした動く骸だ。だが……ッ!! 無理は承知のうえでお願いしたいッ!! 今回の一件、どうか我々三人の命だけで収めてはいただけないだろうかッ!?」
「……っ! …………」
彼女たちを代表するかのようにヴァルナが再びテミスの前へと進み出ると、そのまま地面へと膝を付いて頭を下げ、力の籠った言葉で願いを口にした。
だが、元よりクルヤは捕らえるとしても、敵対しない限り彼女たちをどうにかしようなどと考えていなかったテミスは返答に窮し、言葉を失って頭を下げるヴァルナを見返す事しかできなかった。
「こんな事をしたけど、クルヤは悪い奴じゃない。止められなかった私たちの責任。だから……」
「そう……だな……。はは……。あぁ、そうだとも……」
しかし、その沈黙を否やと捉えたのか、頭を下げ続けるヴァルナの傍らにロノが進み出ると、彼女もまた頭を下げながら懇願を口にする。
それに続いて、イメルダはどこか乾いた笑みを浮かべると、小さく頷いて仲間達と共にテミスへ首を垂れる。
「…………。ハァ……ったく、どいつもこいつも……」
そんなヴァルナたちを前に、我を取り戻したテミスは深い溜息を吐くと、酷く面倒くさそうにガリガリと前髪を掻き毟りながら、静かに口を開いたのだった。




